ことのはじまり
「お嬢ちゃん。この先は『魔女の棲む山脈』だぜ? そんなとこに一人で向かおうなんてどうしたの? 俺達が護衛してあげようか?」
「結構です」
小柄な体にポンチョを纏った少女は若い男達の申し出をきっぱりと断った。岩の間を吹き抜ける乾いた風が彼女の波打つ髪をなびかせる。少女を取り囲むのは三人の男。その中のやたら細長い男が彼女を諭すように優しく言う。
「まず山脈に辿り着くにはそこの岩場の洞窟を通らなきゃならねえし、無事通ったとこで山脈の《砦》に阻まれるよ? 一人じゃ心細いでしょ?」
男達の下卑た笑みを少女の黒々とした目が捉えている。丸い潤んだ瞳が愛らしいが、目の形がやや吊っているところがそれに涼やかさを添えている。
少女は思った。こいつらなら武器がなくても三人まとめて叩きのめせそうだ……『元の姿』なら──と。
「いえ、貴方がたのような素人を護衛につけるほどボクも浅はかではありませんし」
重く下ろした前髪を少し掻き上げると、透き通るような白い肌が露わになる。頬の色は桜色に紅潮している。彼女の物言いに男達は少しばかり機嫌を損ねたように表情を歪めたが、すぐに彼女の妙な色気に気付いたのか唾を飲み込む。
「可愛いのに『ボク』ってのも良いね。大丈夫、俺ら強いから。まずはお近付きってことで俺らの知ってる店に行こうか?」
「結構ですって言ってるでしょう。しつこいなあ」
突き放すような冷たい言葉が、紅を差したような赤い唇から発された。
彼女は薄々勘付いていた。男達の目的はこの体だと。
──難儀な姿だな。
「わかりました」
少女は諦めたように呟くと、続けてこう言った。
「ボク、『元』男ですけど。それでも構わないですか?」
直後、彼女はポンチョをまくり上げた。その下に隠されていた華奢な体がわずかに見えた瞬間。
***
「おい、あそこの岩場。ひどく抉れてるぞ。ありゃ人間の仕業か?」
「あんなところ削り取るなんて人間じゃ出来ねえだろ」
中年の男が二人、上を向きながら話している。彼らの見ている先には夕日色の崖の壁にぽっかりと丸い穴が開いた光景がある。
「だとすれば【魔女】が山から降りてきてやったってことか?」
「おっかねぇ! やめてくれよ」
男二人は震え上がり、その場から逃げるように退散した。