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未踏の帰路にて

「ウルリ、大丈夫ー?」


「ウルリくぅん!!」


 死闘を終えた少年を呼ぶ声が、遠くから聞こえてくる。

 徐々に近づいてくるその声の主は、ウルリの仕事仲間であるピンカーと、連れである桜だ。

 二人は小走りにウルリへと駆寄り、笑顔で労いの言葉をかける。


「お疲れ! 最後らへん、ちょっとハラハラしちゃったよ。私の前だからって男の子しちゃってもう!」


「あぁ、悪いな。お前の前だから手の内を晒すのは避けたかったんだ」


「あははは! ツンツンだね! 武器を晒せないんならナニを晒しちゃってもいいんだよ?」


「……ここまで尻を蹴っ飛ばしたくなる人間も珍しいな」


 二人は、互いににこにこと笑みを交わしながらもどこか殺伐とした雰囲気を作り出す。

 本人に言っても否定するだろうが、初めて目の当たりにするウルリの辛辣な物言いは、気心の知れた戦友だからこそなのだと桜は思う。

 少年の無事を確認したことへの安堵が、疎外感と孤独へ変わり、桜を包みこむ。

 異世界でのそれは尚のこと肌寒いように感じる。

 それを振り払う様に一歩前へ出た桜だったが、丁度同じタイミングでウルリが溜め息混じりに口を開いた。


「──魔獣にしては、骨のある奴だった。誰のせいとは言わないが、これは報酬(わり)に合わないぜ」


 悪戯を考えついた子供のような笑みを浮かべ、ウルリは肩を竦めてみせる。

 すると言外にウルリの思惑を察したピンカーもまた、うへへと酔った親父のような下品な声を漏らし同調する。


「ですよねぇー、誰のせいだとは言いませんが、この依頼は実質私らでこなしたようなもんですよねぇ、うひひ。……如何なされますかい、親分?」


「──決まってるだろ。報酬の8割はパクる。今夜は浴びるほど飲むぜ」


「イヤッッホォォォオオォオウ!」


 ピンカーが飛び上がり、ふってわいた幸運に有頂天になる。

 パーリーナイトなハイテンションをそのまま、ダンサーのように腰を揺らしながらセクシーなポーズを取り、ウルリの下半身に身体を擦り付けようとするが、冷静に尻を蹴り飛ばされ沈黙した。

 しかしめげずに、今度は少年と肩を組む。

 そんな二人のやり取りについていけず眼を白黒させていた桜を見て、ウルリは穏やかな笑みを浮かべ、労いの声をかける。


「サクラ。お疲れ様」


「うん。お疲れ様です。……ウルリの戦い、見てたよ。凄かった。僕、速くてよく見えなかったもん。とっても、かっこよかった」


「……そうか。ありがとう」


 桜の素直な感想に、ウルリは更に表情を綻ばせる。


「今日は災難だったな。……取りあえず街に帰ろうぜ」


「……うん。そうだね」


 笑顔ながらどこか表情を曇らせる少女に対し、ウルリとピンカーは顔を合わせる。

 少年の頭には、何となく理由が思いついたものの、あえて口を閉ざし、空いている方の腕で桜を乱暴に抱き寄せ、肩を組む。

 ふわりと揺れた白い長髪から香る、仄かな蓮の匂いが桜の鼻をくすぐる。


「わわっ……! ウルリ、どうしたの!?」


「今夜は、俺達(・・)の勝ちだ。お前も来い」


「で、でも僕は何も────」


「いいだろ? ピンカー」


「もっちろんだよぉ! えへへー、私もサクラちゃんにちょっと興味あったんだ。そのどう見ても男物の服のこととか諸々酒のつまみに色々聞いてみたいっしょ常考!」


「常考だな」


「二人共……」


 ウルリもピンカーも。二人共自分よりもずっと疲れているはずだ。

 だというのに、気を使ってもらっている。

 助けてもらった身として、本来なら自分がしなければならないのに。

 その事は、不安が過った桜の心を軽くする。

 気の抜けた瞬間、今夜の激動の連続を思い出してしまい、桜は思わず目元を熱くした。


「ありがとう、二人共……」


「うんうんっ! 困った時はお互い様だよ、サクラちゃん! それじゃあ、みんな一緒に帰ろうゼー!!」


「……この体勢でか?」


 持ち前の天真爛漫さを少しも隠さず、元気よく歩き出すピンカーと、それに苦笑いしながらも付き合うウルリ。

 二人は、少女の口から漏れた言葉が震えていることに気付いていたが、揃って気付かないふりをしていた。









 ──西大陸の繁栄都市、ヴィルヘリッタ。

 主要5大国の中でも随一の領土を誇るヴォルフガング帝国。その心臓として機能するこの世界都市は、夜であっても少しも灯りを失ってはいない。

 都市の裏に位置するここは、移民地区と呼ばれる区画だ。

 薄ぼんやりと照らされる街並みは、大きな家屋が所狭しと並ぶ。昼間は、さぞ賑わうことだろう。

 シンプルで、しかし美しく新鮮なその景観は、桜が絵画等でしか見たことのない少し昔のヨーロッパを彷彿とさせた。

 少女は森から続くその幻想的な光景に圧倒されながらも、ウルリとピンカーから離れす街を歩く。

そんな中、ふと先頭を歩いていたウルリが、一つの家の前で足を止める。立派な門構えの豪華な館だ。

 少年はポケットから取り出した小さな紙片を見ながら、確認するようにピンカーと目配せし、桜へと振り返った。


「っと、ここだな? ……サクラ。ちょっと家の前で待っててもらえるか」


「どうかしたの?」


「ここが依頼主達との待ち合わせの館なんだ。夜分遅くに失礼だけど、騎士団(だいり)を通したくはないからな」


 言いながらウルリは掌でお金を示すジェスチャーをして見せる。

 こういうところは異世界でも同じなんだなと桜はぼんやりと考えながらも、小さく頷く。


「悪いな。長居はしない。五分で出てくるから」


「ごめんねーサクラちゃん。不審者と思われない程度に門の前ぶらぶらしててね!」


「その格好のお前が言うか、お前が」


 仲良さげに軽快な会話を交わしながら、二人はさっさと門の中へと入っていってしまう。

 

「……連れて行ってっていったら……連れて行ってくれたのかな?」


 ポツリと呟いた言葉は闇に溶け、答える人は誰もいない。

 右も左も解らない初めて足を踏み入れた街。それも陽が落ちた真夜中に一人置き去りというのは、正直心細い。

 桜はそれから逃れるように門に背中を預け、視線を漂わせる。

 しばし視界いっぱいに映る異世界の光景に眼を奪われていたが、ふと風を感じ、視線を横に逸らしたとき興味深いものを見つけた。桜はゆっくりと身体を起こす。


(これって……)

 

 門壁に叩きつけたように乱雑に貼られていたのは、一枚の薄っぺらい黒紙。

 写真もイラストも、そしてホワイトスペースさえ一切ない。ただ、白抜きの文字列が整合よく並ぶだけ。

 小粋なレストランのチラシとも、厳つい指名手配のポスターとも似つかない気味の悪い貼り紙だ。薄ぼんやりとした灯りに照らされ、より不気味な雰囲気を晒している。

 桜にはその文字が読めず、次第に張り紙と睨めっこするような姿勢になってしまう。


「……何してるんだ、お前」


「へぁッ!?」


 一心不乱に壁と睨めっこしていた桜は、突然背中に投げかけられた呆れ声に素っ頓狂な悲鳴をあげる。

 見ると既に館から出ていたウルリ達が、壁に顔を貼り付けているような姿勢で固まっている少女を生温かい眼で見つめていた。底抜けに明るいピンカーまでもが苦笑いを浮かべており、桜は地味にショックを受ける。


「何か面白いものでもあったのかな……って──……」


 桜の肩口から覗き込むように身を乗り出したピンカーは、その視線の先、見慣れた(・・・・)黒一色の貼り紙を見て思わず顔を顰めた。

 それに遅れ、貼り紙を視界におさめたウルリは、柳のような眉を僅かに強ばらせる。

 しかし直ぐに気を取り戻し、呆れたように声を漏らす。


「……どこにでもあるもんだな。律儀なこった」


「……ウルリ? どういうこと?」


 桜の困惑した声にも耳を貸さず、ウルリは一人でさっさと先に進んでしまう。

 桜はもしかして地雷を踏んでしまったのかなと思いながら少年の背を見つめていたが、ピンカーに促され、あとを追う。


「……知らない?」


「え?」


「あの黒い貼り紙のことだよ。サクラちゃん、見たのはこれが初めてだったりする?」


「うん」


「じゃあ、“ガルガノ種”って言葉に聞き覚えは?」


「……」


 ピンカーの質問に、桜は素直に首を横に振る。


「それも知らないのかぁ。ヴィルヘリッタとは全く関係ないとこで暮らしてたんだっけ? 流石にここまでとは思わなかったなー。ま、いいや……ここから私たちの根城まで結構かかるから、歩きながら暇潰しがてら歴史学でも勉強しよっか」


「ありがとう、ピンカーちゃん。……なんか二人には頼ってばっかだね、僕」


「あはは、いいってことよ! 私、この通りおしゃべりが好きだからっ! それに私達ってもうマブダチじゃん!」


(マブダチ……?)


 にっこりと微笑みながら手を握ってくるピンカーに呆気にとられながらも、桜は同じように笑顔を返し、その話に耳を傾けた。



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