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ある百貨店の場合


“また、昇進?いくらなんでも24でチーフはないだろ。”


周りからの視線が痛い。俺だって好きで昇進してるんじゃねぇよ。心の中で毒づきながらもにっこりと辞令を受け取る。今日は4月1日、辞令交付の日だ。

阿部フロア長は苦笑しつつも、「おめでとう」と辞令を渡す。俺もどうも、と苦笑を返す。周りからは相変わらず鋭い視線。だから異例の昇進の理由ぐらいわかるっつの。

その理由は、俺がこの百貨店の代表取締役社長の海多義弘の「ご子息」だからだ。


辞令交付が終わり、通常業務が始まる。俺は嬉しくない昇進で意気消沈気味である。

理斗さとぼん、チーフに昇進おめでとう。これで来年はフロア長だね。」

「厭味ったらしい祝福の言葉ありがとう。そっちこそ俺のおこぼれで副チーフに昇進おめでとう。」

理斗ぼん、というのは俺の渾名である。もちろん「ぼん」とは坊っちゃんの「ぼん」である。

こんな渾名で呼べるのは幼馴染で今回副チーフに昇進した深冬ぐらいだ。

「あら、モテモテの理斗ぼんに厭味なんて言うはずないじゃない。被害妄想が激しいようで。」

「只今ご機嫌が麗しくないもので、失礼いたしました。」

深冬は持ち場に着いたようで、「ごきげんよう」なんて言って奥へ消えて行った。


俺の担当フロアは7階、婦人靴売り場である。婦人靴売り場に男性職員がいるのは決して珍しいことではなく、フロア長も男性だ。最も、従業員の割合は圧倒的に女性が多いのだが。


俺は持ち場に着いた。現在開店10分前。開店準備に追われる慌ただしい雰囲気も消え、穏やかな雰囲気だ。


開店一番のお客様は、50前後の品の良さそうな婦人だった。俺が話を聞くと、今日は娘さんの結婚式だそうだ。

「履こうと思ってた靴のヒールが折れちゃって…同じようなものはあるかしら?」

婦人はヒールの折れてしまった靴を俺に差し出す。

「少々お待ち下さい。」

確かこんな靴なら深冬の持ち場にあったはずだ。深冬の持ち場に行くと、幸い暇そうだった。

「階堂副チーフ、この辺にこんな靴無かったか?」

「はい、ありますよ。」

深冬はにっこり微笑むと似たような靴を3足出した。

「お客様の好みもありますから一応3つお持ち下さい。」

「ありがとう。」

俺は先ほどのお客様の元へ戻る。

「3足似たような物を持ってきましたが如何でしょう?」

「あら、ありがとう。じゃあこれにするわ。」

婦人は真ん中の物を指差して言う。

「では以上でよろしいでしょうか。」

「ええ。お会計お願い。」

「こちら一品で16720円でございます。」

婦人はクレジットで支払いを済ませると、直ぐにフロアを後にした。


その後はローファーを母親と買いに来る中高生の姿が目立った。俺の持ち場は20代向けのパンプスなどが多いので、暇だ。


「あのー…アルバイトの面接に来たんですけど…」

ぼーっとしていると不意に声をかけられた。声の主を見ると、二十歳前後の西欧チックな顔立ちをした女の子だった。

「あぁ、それならあの突き当たりを右に曲がったところにある部屋だよ。」

場所を説明すると、わかったようで「ありがとうございます」と言って歩いて行く。綺麗な子だったなぁ、と思いつつもあんな小娘に惚れ惚れしているとは思われたくないので靴の配置を変えたり細々とした仕事をする。

大学生らしい女の子が何人か来たが、ひやかし程度で帰ってしまった。そもそも靴の売り場の中でも20代をターゲットにしている俺の持ち場は売り上げがあまりよくない。何故だかは不明なのだが、昔からそうらしい。まぁ要するに暇なのだ。


フロア係が交代の時間になったので、阿部さんと交代する。

「バイトの子、どうでしたか?」

「あぁ、あのフランス人形みたいな子ね。あの子顔はいいけど喋るの得意じゃなさそうだからこの売り場配属だね。」

「それ遠回しに俺への嫌味でしょ」

「ご子息様にそんなこと言えるか。上司疑う前に仕事をしろ、仕事を。」

「うわ、早退したくなってきた。」

「さぁ、仕事だ、仕事」

「…(いつかコイツ潰す)」


事務所に入ると、さっきのバイトの子の履歴書が机の上に出しっぱなしだった。阿部さんには個人情報保護という発想が無いらしい。親父の後を継いだら真っ先に阿部さんを抹殺しよう。

ゴールデンウィークのイベントの企画書の手直しやチラシのレイアウトの確認やらチーフになった途端デスクワークが増える。それに加えて阿部さんからのたらい回しである在庫管理という面倒極まりない仕事まである。確実に俺への嫌がらせである。

とりあえずサンドイッチを胃に突っ込みつつパソコンに向かう。企画書は深冬のものだが、コスト的に無理な企画が所々ある。訂正しようか迷っていると深冬が事務所に入ってきた。

「理斗ぼん、お疲れ」

「結婚できねぇぞ」

「理斗ぼんの家に嫁入りさせて頂くから大丈夫。」

「勘弁してくれよ」

「大丈夫。間違っても理斗ぼんを愛したりしないから。」

「…ところでこの企画書無理があるぞ。」

先ほどの企画書を指差して言うと、深冬は頷く。なんだ、わかってるのかよ。

「わかってるんだけど、集客効果は絶対高いはずなの。」

「それはわかるけど…根拠はどこにある?」

「根拠って言われても」

深冬の企画は水着に合うサンダルを人気雑誌とコラボして開発する、という物だ。集客効果は期待できそうだが前例がない上にコストがかさむ。

「まぁ、阿部さんに相談だな。」

「うん。よろしくお願いします」

深冬もデスクワークらしく自分の席に座ってなにやらごそごそしている。


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