爆誕!サソリ戦士!!
世の中には、説明を求められても困る状況というものがある。
たとえば、ダンジョンの最浅層ーーEランク帯の薄暗い一本道の洞窟ーーで、37歳の巨漢が尻を押さえて絶叫している状況など、まさにそれだ。
「ぬおおおおおおおお!? ケツ!! ケツがああああああ!!」
丸戸樽男。
身長180センチ、体重130キロ。
太ももの直径は顔面を優に超え、体育座りは物理的に不可能。しゃがめば踵は宙に浮く。冒険者ランクはEランク。
ダンジョンに入れば洞窟の天井すれすれに、でかい影が通路の明かりで見えて。
壁に触れそうな肩幅。揺れるたびに地響きがしそうな腹。
ゴブリンの死体に屈み込む姿は、熊が獲物を漁っているようにしか見えない。
屈み込んでいるのは疲れたからでーータイマンでゴブリンに辛勝できる程度の、正真正銘の底辺である。
そんな男が今、尻を押さえて洞窟内を転げ回っていた。
「なんか入った!! なんか入ったんですけどおおおお!!」
5分前。
樽男は低ランクダンジョン『穴守洞窟』の第一層で、いつも通りゴブリンの素材を剥いでいた。Eランク冒険者の日常。倒したゴブリンの牙と爪を採取し、ギルドに納品する。一匹あたりの報酬は500円。牛丼一杯にも届かない薄給。
だが樽男にとって、この仕事は天職だった。うるさい上司はいないし、自分のペースで仕事が出来る。
そして何より、食えればいい。食えれば幸せだ。報酬が安かろうが、食える量さえ確保できれば家がボロアパートだろうと関係ない。問題があるとすれば、130キロの身体を満足させるには相当な量を食わねばならないということくらいか。
素材を剥ぎ終え、立ち上がろうとした、その瞬間。
ずるり、と。
樽男はまだ気づいていない。
立ち上がろうと、両手を膝について腰を浮かせたその一瞬。
ズボンがずれて半ケツ丸出しの肌、ほんの数センチの隙間に、それは吸い込まれていった。
「は?」
脳が状況を理解するより先に、身体が跳ねた。
「んぎゃあああああああああ!!!」
それが、冒険者・丸戸樽男の運命が変わった瞬間だった。
本人はそれどころではなかったが。
※
同時刻。同場所にて、そんな兄が心配になって付いてきた二人。
以前、二体のゴブリンにボコられて帰って来てからたまに同伴している。
のたうち回る百三十キロの巨体から少し離れたところに、細身の男と小柄な女が並んで立っていた。
二人とも、特に驚いた様子はない。
「兄貴……ついに幻覚を起こすなんて……」
25歳にして一人前の冒険者Cランクになって兄を超えた弟、丸戸 翔が、のたうち回る樽男を冷えた目で見る。
「たぶん食中毒ネ。魔法使えば治るヨ」
韓国アイドルにハマりすぎて喋り方まで移った妹、丸戸 小春は杖を突き出して『中和』の魔法を唱えた。
「んおぉ!? 治った? ていうか助けるの遅くない!? それが兄に向ける態度な訳!?」
むくりと立ち上がった樽男が、下二人に非難の目線を浴びせるが効果は無かった。
「生計も碌に立てられない、冒険者ランクも最低」
「お年玉もないネ、お小遣いもないネ」
心の底から、というよりも放っておけない。
そんな感じで二人同時にため息を吐きながら、樽男の周囲に魔物がいないか確認している。
倍返しにひるんでしまう樽男はそんな気遣いにも気付かない。
それよりも、まだ何かケツに違和感があることに注意を向いていた。
恐る恐る、背中越しに目をやる。
半透明の、水飴のような何かが、ゆらゆらと揺れていた。
長さはおよそ1メートル。根元はーー間違いなく、樽男のケツだ。
ズボンを貫通して、出てきたそれはゆっくりと前へ伸びてくる。
そして樽男の頬を、慰めるようにぺたぺたと撫でた。
「ぬおぉ!? な、なな、なんだぁあ!?」
それはスライムの触手。
「兄貴が……変態戦士にジョブチェンジした……」
「クラスダウンよりも酷いネ、もう近付かないで欲しいネ」
「どうなっちゃうのぉぉぉぉ~!?」
絶叫した樽男の声は響き渡り、ゴブリンを大量に呼び寄せてしまった。
「ったく!バカ兄貴!!やるぞ、小春!」
「しょうがないネ、こういう時のために来たからネ」
二人が戦闘態勢に入って、樽男の正面に陣取る。
へっぴり腰の兄は翔のお下がりであるショートソードを持ち直して、後ろを警戒することにした。
正面には翔と同じランクの小春で、二人Cランクがいる。
ゴブリン相手にやられるほど弱くはない。
スライムは、うにょにょと状況が掴めないようで揺れているだけだった。
樽男が緊張のあまりケツを締めると、スライムの触手がシールドのように平たく展開する。
「んお!? なんだ……めちゃくちゃ硬いぞ……ケツの締め方で変化するのか?」
今度は捻り出すように踏ん張ると、先端が尖った槍のように変化した。
腰を突くように降るとダンジョンの硬い壁を簡単に突き刺していく。
「おお……腰を振って攻撃……踏ん張れば防御……なるほどなるほど……うぅん……」
まるでゲームのコントローラーだ、と樽男は思った。
締めれば盾。踏ん張れば槍。腰を振れば突刺。
ただ一点、入力デバイスがケツ穴なのだけが頂けない。
そんな奇行を見ていた翔と小春はドン引きしている。
「小春……アレを治す魔法って、ある?」
「流石に……ないネ」
視認できる距離に現れたのはゴブリン5体。
小春の電撃魔法が3体を貫き、慣れた手つきで翔が残りのゴブリンを始末する。
「あんまり来なかったな」
「おかしいネ……後ろ!!」
樽男が腰を振ったり、シールドに変化させたりとケツのスライムを操作している時、逆側からゴブリンが襲い掛かってきた。
「どうえぇぇぇ!? んぅ?……スライム!?」
ケツから伸びたスライムが自動で防御。
そして、的確にゴブリンの喉を突き刺した。
その間、1秒もかからない神速の動き。
その動きについて来れないケツ穴は、パックリ割れてしまった。
「んぎゃあああああああああああああぁ!!!!!」
肛門から血しぶきを出しながら、またのたうち回る樽男に近付く小春。
「まったく手のかかる兄ちゃんネ」
※
ケツ穴を小春に治療してもらい、スライムを除去するために色々と手を考えた。
けど。
「スライムがいた方が強いと思うネ」
小春の一言に翔が頷く。
「確かに。甲斐性ない兄貴が、ケツ穴スライムで強くなったのは間違いない」
翔はスライムの神速の突きを見て、内心戦慄していた。
本当の殺し合いになったら、その攻撃が生死を分ける。
急所を綺麗に貫かれて倒れているゴブリンを見て嫌でも実感した。
「え゛えぇっ!?もしかして、このまま?」
「兄貴、我慢するしかない」
「というか、兄ちゃんのケツと融合しているネ。もうそれは兄ちゃんの一部ってわけネ」
二人を絶望の表情で見つめる樽男。
気にしていないケツ穴スライムは、ゆらゆらと揺れているままだった。
これが始まり。
今はーー
おにぎりを頬張りながら、ソードを腰だめに構え、背後のスライムが静かに揺れている。
「……何なんだよ、その構え」と翔が呟く。
ケツを締めれば鋭い槍が獲物を探す。
自由自在に操れるようになった相棒を自慢するようにーー
「ーー秘技・サソリだ!」と、樽男は誇らしげに宣言した。
こうして、前代未聞のケツ穴スライム戦士が爆誕した。
ーーこれが、全ての始まりである。




