表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/50

第9話

重苦しい空気が、村の広場を包んでいた。

みんなの視線が、騎士団長の一つ一つの動きに集まる。

彼の決断だけで、ここにいる全員の未来が決まるのだ。


騎士団長は、空を仰ぎ、次に地面を見た。

そして最後に、私の顔をじっと見つめた。

その目には、悔しさや怒り、そして少しのあきらめが見える。

やがて彼は、体から空気をしぼり出すように、長いため息をついた。


「……分かった、降伏しよう」


その声は、負けを認めた男のものとは、思えないほど落ち着いていた。


「だが一つだけ言っておく、我々は王国を裏切るわけではない」

「これは一時的な、そう、作戦上の後退だ。いずれ、必ず王国へ帰還する」


彼はそう言って、自分に言い聞かせるようにうなずいた。

騎士としての、最後の誇りがそう言わせるのだろう。

私には、そんなことはどうでもよかった。


「結構です、好きに考えてください」

「ではまず、自己紹介をお願いします。騎士団長殿」


「……アルブレヒト・フォン・クラウゼヴィッツだ」


アルブレヒトは、いかにも貴族らしい名前だった。


「よろしいアルブレヒト、あなたと部下たちには働いてもらいます」

「今日からここで、私の指示に従ってください」

「まずは、その重そうな鎧を全て脱ぎなさい。そんなものを着ていては、仕事の邪魔になるだけですから」


私の命令に、騎士たちが驚いた顔をした。

彼らにとって、鎧は騎士の魂そのものだ。

それを脱げというのは、武器を捨てるよりつらいことなのだろう。


「なっ、ふざけるな!」

「我々の誇りを、これ以上傷つける気か!」


若い騎士の一人が、怒って叫んだ。

だがアルブレヒトが、それをするどい視線で黙らせる。


「……仕方ない、全員、武装を解け。これは命令だ」


アルブレヒトの言葉は、とても重かった。

騎士たちは、悔しさに顔をゆがめる。

唇をかみしめながら、しぶしぶと鎧を脱ぎ始めた。

カシャン、カシャンと、金属の部品が地面に落ちる。

その音は、彼らの誇りが崩れる音のようだった。

村人たちは、その様子を固唾をのんで見守っている。


立派な鎧の下から現れたのは、意外なほど細身の青年たちだった。

上等なシャツと、ズボンを身に着けている。

日ごろの訓練で体は引きしまっているが、あの威圧感は鎧のおかげだったらしい。

彼らは、まるで翼をもがれた鳥のように、心なしか小さく見えた。


「よろしい」


私は満足してうなずき、後ろにいたギュンターさんに向き直る。


「ギュンターさん、彼らに仕事の道具を渡してください」

「私たちが作った、最新式のものを」


「へっへっへ、任せとけ、嬢ちゃん!」


ギュンターさんは、いたずらっぽく笑う。

工房から、例の鋼の鍬を何本も持ってきた。

そしてそれを、騎士たちの前に投げるように置く。


「ほらよお貴族様方、こいつが新しい相棒だ」

「剣なんかより、よっぽど人の役に立つぜ」


その言葉には、長年、武具を作ってきた鍛冶屋としての皮肉がこもっていた。

騎士たちは、地面に置かれた鍬を、汚いものでも見るような目で見下ろす。

彼らがこれまで握ってきたのは、美しい飾りのついた聖剣だけだ。

泥にまみれるための鉄のかたまりなど、生まれて初めて触るのだろう。


「さあ、何をためらっているのですか」

「仕事は、山のようにありますよ。まずは、あの丘のふもとまで新しい畑を作ってもらいます」


私は、村の外れに広がる荒れ地を指さした。

そこはまだ手つかずの、石ころだらけの固い土地だ。

騎士としての体力を試すのに、ぴったりの場所だった。


「……行くぞ」


アルブレヒトが、最初に鍬を手に取った。

彼はその重さを確かめるように、何度か持ち上げてみせる。

そして何も言わずに、私が指さした荒れ地へ歩き出した。

他の騎士たちも、しぶしぶと後を追う。

その足取りは、まるで処刑場へ向かう罪人のように重かった。


私とギュンターさん、そして村長や村人たちは彼らの後について行く。

これから始まる、不思議な農作業を見届けるために。


荒れ地に着くと、私はまず鍬の使い方をやってみせた。

鋼の刃を、固い地面に深く突き立てる。

そして、てこの原理を使い、土を掘り返していく。

私の作った鍬は、これまでの物より重心のバランスが良い。

だから、力のない私でもうまく作業を進められた。


「このように、腰を入れて体重を乗せるのがコツです」

「さあ、やってみてください」


騎士たちは、互いに顔を見合わせながらおそるおそる鍬を構える。

だが彼らの動きは、あまりにもぎこちなかった。

剣を振るうのとは、勝手が全く違うのだろう。

鍬は地面の表面を滑るだけで、全く土に食い込んでいかない。


「違う違う、そんなんじゃ百年たっても掘れないぞ!」

「もっとこう、どっしりと構えろ!」


見かねたギュンターさんが、大声で叫んだ。

村の農夫たちも、次々に助言を始める。


「旦那方、腕の力だけじゃだめだ」

「足腰が基本だよ、足腰が!」


数ヶ月前まで、自分たちが見下していた村人たちから農作業を教えられる。

王国最強をほこる騎士団にとって、これ以上の屈辱はないだろう。

彼らの顔は、怒りと恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。


特に、さきほど私に逆らった若い騎士はひどいありさまだった。

彼は、怒りにまかせて力いっぱい鍬を振り下ろす。

だが刃は固い石に当たり、甲高い音を立ててはね返された。

彼はバランスを崩し、みっともなく尻餅をつく。


それを見て、村の子供たちがかまわずに笑い声を上げた。

「あはは、騎士様が転んだー!」


その素直な笑い声が、騎士のプライドをさらに引き裂いていく。

彼は、顔を真っ赤にして立ち上がった。

そして、鍬を地面に叩きつけた。


「もうやってられるか、俺は騎士だぞ!こんな、百姓の真似事など……!」


その時だった、アルブレヒトが無言で彼のほほを強く打った。

乾いた音が、荒れ地に響き渡る。


「……アルブレヒト隊長……!?」


「黙れ、これは任務だ」

「我々は、生き延びるためにこの仕事をしている。違うか」


アルブレヒトの目には、冷たい光があった。

それは、部下をまとめる指揮官の目だ。

彼は、このつらい状況でも自分の役割を忘れようとしなかった。


「……だが、しかし……!」


「口答えをするな、それともあの『魔女』のもう一つの花火が見たいのか?」


その言葉に、若い騎士は青ざめて押し黙る。

ニトログリセリンの恐怖は、彼らの体に深く刻まれていた。

アルブレヒトは、そんな部下をちらりと見る。

そして、再び黙々と土を掘り返す作業に戻った。

その姿には、何か悲しい覚悟のようなものが感じられた。


私は、そんな彼らの様子を少し離れた場所から見ていた。

彼らを、ただの働き手として使うつもりはない。

この経験を通して、彼らの凝り固まった考え方を変える必要があった。

魔力こそが絶対で、力こそが正義だという王国のゆがんだ思想を。


日が傾き始め、最初の日の作業が終わる。

騎士たちは全員、泥だらけになって地面に座り込んでいた。

体力自慢の彼らも、慣れない肉体労働にすっかり疲れきっている。

その日の働きの代価として、彼らには村人たちと同じ食事が与えられた。

黒パンと、野菜スープだけの質素な食事だ。


文句を言う者は、もう誰もいなかった。

お腹が空いていると、何でもおいしい。

彼らは、何も言わずに夢中でスープをかき込んでいる。

その姿は、もはやエリート騎士ではない。

ただの、お腹を空かせた労働者だった。


食事を終えたアルブレヒトが、私の元へやってくる。

彼の顔には、疲れと何かふっきれたような表情が浮かんでいた。


「……リディア殿、一つ聞いてもいいだろうか」


「何です?」


「あなたの、あの力は一体何なのだ?」

「あれは、我々の知る魔法とは違う。悪魔と契約でもしたのか?」


彼の問いは、真剣だった。

彼は、自分の常識では分からない私の力を、何とかして理解しようとしている。


「悪魔ですか、面白いことを言いますね」

「いいでしょう、少しだけ教えてあげます」


私は、夜空を指さした。

そこには、数えきれないほどの星がダイヤモンドのように輝いている。


「アルブレヒト、あなたはなぜ星が光るのか考えたことはありますか?」

「なぜ火は物を燃やすのか、なぜ水は高いところから低いところへ流れるのか」


「……? それは、神がお作りになった世界の決まりだからだろう」


「そうです、その通り」

「ですが私は、それを『決まり』で終わらせない」

「私は、その決まりがなぜ、どのようにして成り立っているのかを探すのです」


私は、地面の石を拾い上げた。


「この世界にある全てのものは、目に見えないほど小さな『粒』から出来ています」

「火が燃えるのも、水が流れるのも全てはその小さな粒の動き方や組み合わせ方が変わることで起こるのです」

「私の力は、その粒の動きをほんの少しだけ手伝っているだけですよ」


私の説明に、アルブレヒトはぼうぜんとした顔をしている。

彼にとっては、まるで神話でも聞いているような気分だろう。


「……粒だと? 全ての物が、粒から出来ている……?」


「ええ、そしてその粒の組み合わせを変えることで全く新しいものを生み出せます」

「鉄も、石けんも、肥料も、そして……さきほどの爆薬も全て同じ仕組みです」

「これを、私の故郷では『科学』と呼んでいました」


科学、その言葉はアルブレヒトの心に深く刻まれたようだった。

彼は、しばらく何も言わずにただ夜空の星を見上げる。

彼の頭の中で、これまで信じてきた世界の形が音を立てて崩れ始めているのかもしれない。


「……ならば聞こう、その『科学』とやらは誰でも学べるのか?」


「ええ、もちろんです」

「必要なのは、魔力ではありません。知りたいと願う心と、物事をよく観察する目、そしてあきらめない根気だけです」


私のその言葉は、彼にとって一筋の光のように感じられたのかもしれない。

魔力を持たない者でも、努力次第で大きな力を手に入れられる。

それは、アークライト王国の価値観を、根本からくつがえす考え方だった。

アルブレヒトの目に、今までとは違う新しい光がともるのを私は見逃さない。

それは、物事を知ろうとする好奇心の光だ。


「さて、明日も朝から畑仕事が待っていますよ」

「騎士団長殿には、他の者たちの倍働いてもらわなければなりませんね」


私がにやりと笑って言うと、アルブレヒトは一瞬むっとした顔をした。

だがすぐに、あきらめたように肩をすくめて苦笑いを浮かべる。


「……承知した、せいぜい期待に応えるとしよう。リディア……先生」


その呼び方の変化に、私は満足した。

彼が私を『魔女』ではなく、『先生』と認めたのだ。

それは、小さな、しかし確かな一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ