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第8話

爆炎と黒煙が渦巻く中、私は騎士団を見ていた。

彼らの顔には、先ほどの傲慢な余裕などもう残っていない。

あるのは、理解できない現象を前にした純粋な恐怖と混乱だけだ。


地面には仲間たちが倒れ、馬のいななきとうめき声が混じり合う。

地獄のような光景が、目の前に広がっていた。


「き、貴様……一体、何をしたんだ……!」

「こんな魔法は、聞いたことがないぞ……!」


騎士団長が、震える声で叫ぶ。

彼の言う通りだ。

これは、彼らが知る『魔法』には存在しない現象だからだ。


マナを消費せず、詠唱も魔法陣もなしにこれほどの破壊力を生む。

彼らの常識では、到底理解ができないだろう。

それは、彼らの世界の理屈を超えた力なのだ。


「ですから、言ったでしょう。これは、私の『妖術』だと」

「あなた方の古い魔法とは、根本的に仕組みが違うのですよ」


私はわざとゆっくりした足取りで、彼らに近づいていく。

手に持ったニトログリセリンの瓶を、見せつけるように揺らしながら。

その度に、騎士たちの肩がびくりと震えた。


彼らはその小さなガラス瓶が、地獄を再現する鍵だと本能的に理解している。

恐怖は、理屈を超えて体を支配するのだ。


「ひ、退け! 全軍、退けぇっ!」


騎士団長が、裏返った声で命令を下した。

プライドも威厳も、今はもうない。

戦う気持ちなど、完全に失っている。


騎士たちは、我先にと馬の向きを変え村から逃げ出そうとした。

だが、そうはさせない。


「逃がすと、お思いですか?」


私は彼らの退路をふさぐように、もう一つの瓶を投げつけた。

ガラス瓶は、地面に叩きつけられて粉々に砕け散る。

中身の液体が、あたりに飛び散った。


もちろん、これもニトログリセリンだ。

騎士たちは、悲鳴を上げて馬を止め後ずさる。

前には爆薬のまかれた地面、後ろには得体の知れない女がいた。

まさに、板挟みの状態である。


彼らは、完全に私の作った爆薬のフィールドに閉じ込められた。

完全に、私の支配下に置かれたのだ。


「さあ、どうしますか? ここで、私に降参するか」

「それとももう一度、あの綺麗な花火を見ますか?」


私の問いに、誰も答えることができない。

ただ恐怖に引きつった顔で、私と地面の液体を交互に見るだけだ。

王国最強の近衛騎士団が、魔力ゼロの令嬢一人に手も足も出せずにいる。


なんとも、おかしな光景だった。

この光景を、私を馬鹿にした王都の連中に見せてやりたい。


「……分かった。降伏する、我々の負けだ」


長い沈黙の後、騎士団長が絞り出すような声で言った。

彼は、悔しさに顔をゆがめながらも馬から降りる。

そして、騎士の魂とも言える剣を地面に置いた。


他の騎士たちも、それにならう。

カチャリ、という金属音が村の入り口に響いた。

それは、彼らの誇りが砕け散った音のようにも聞こえる。


「賢明な、判断です」


私は、初めて心の底からほほえんだ。

それは、勝利の笑みだ。

私を苦しめ、見下してきた者たちに対する完全な勝利だった。


工房から様子をうかがっていた、ギュンターさんたちが歓声を上げる。

彼らは、私が一人であの騎士団を打ち負かすのを見たのだ。

彼らの私に対する信頼は、これでさらに強くなっただろう。


私は、武装解除した騎士たちを村の広場に集めさせた。

彼らは皆、うなだれて敗者の顔をしている。


「さて、あなた方をどうしましょうか」


私は腕を組み、仁王立ちになって彼らを見下ろした。

立場は、完全に逆転した。


「……殺すなら、殺せ。だが、我々は王国の騎士だ」

「我々に手を出せば、どうなるか分かっているのだろうな?」


騎士団長が、最後の意地とばかりに私をにらみつける。

まだ、王国の権威を盾にするつもりらしい。

だが、そんな脅しは今の私には全く効かない。


「脅迫のつもりですか? 残念ですが、今のあなた方に私と交渉する権利などない」

「それに……」


私はそこで言葉を切り、彼の目の前にしゃがみ込んだ。

そして、その耳元でささやく。


「あなた方がいなくなっても、王国はしばらくは気づかないでしょうね」

「何せ、ここは中央の支配もろくに届かない辺境ですから」

「『魔獣との戦いで、勇敢な騎士団は全滅した』……そういう筋書きは、いかがです?」


私の冷たい言葉に、騎士団長の顔からさっと血の気が引く。

彼は、私が本気で言っていると悟ったのだ。

この女は、やる。

ためらうことなく、自分たちを皆殺しにするだろう、と。


「……何が望みだ。金か、地位か?」


「私が欲しいのは、ただ一つ。『情報』です」


私は立ち上がると、きっぱりと言い放った。


「あなた方をここへ送った、本当の理由を話しなさい」

「聖女の神のお告げなどという、くだらない嘘ではない真実をです」

「そうすれば、命だけは助けてあげましょう」


私の目的は、復讐ではない。

穏やかで、安定した生活を送ることだ。

そのためには、私を脅かす存在の狙いを正確に知る必要があった。


なぜ、王家は今になって私を消そうとするのか。

エリアーデは、何を企んでいるのか。

その答えを、この男から聞き出す。


騎士団長は、しばらく黙り込んで何かを考えているようだった。

だが私の有無を言わせぬ視線に、やがて諦めたように重い口を開いた。


「……分かった、話そう」


彼の口から語られた事実は、私の想像を超え、また予想通りでもあった。

彼らがここに送られた表向きの理由は、やはり聖女エリアーデの神のお告げによる『魔女討伐』。

だが、その裏にはもっと現実的な王国の事情が隠されていた。


「王国が……衰退している?」


「そうだ、あなたが追放されてからここ数ヶ月でな」

「王都の様々な『魔導装置』が、次々と原因不明の不調を起こしている」


魔導装置、それは魔石を動力源として生活を支える設備のことだ。

街灯、上下水道、そして長距離を移動できる転移陣。

アークライト王国の繁栄は、この高度な魔導装置に支えられている。


「原因不明、ですって? 王家お抱えの魔導師たちがいるでしょう」


「彼らにも、全く原因が分からないのだ」

「これまで問題なく動いていたものが、まるで寿命のように次々と機能を止めていく」

「特に、王国の防衛の要である防壁の魔力障壁までが弱まり始めている」

「このままでは、近隣諸国や魔獣の侵攻を防げなくなる」


私は、その話を聞いてピンと来た。

アウスバッハ公爵家、私の実家は代々王国でも有数の魔力を持つ家系だ。

だが、その真の役割は別のところにある。


それは、王国の魔導装置のメンテナンスだ。

高度で複雑な魔導装置は、定期的に細かい魔力の調整を必要とする。

その調整は、普通の魔導師にできるものではない。

アウスバッハ家に、代々秘密に受け継がれてきた特殊な技術なのだ。


そして、その技術の要を実は魔力のない私が担っていた。

私の『原子や分子を視る』能力は、魔導装置の魔力回路の微細なゆがみやエネルギーのよどみを正確に見抜けた。

私はそれを父に報告し、父がその情報をもとに調整を行っていたのだ。


父は、私のこの能力を嫌いながらも利用だけはしていた。

つまり私が追放されたことで、王国中の魔導装置の維持管理が完全に止まってしまったのだ。

その結果が、現在王国を襲っている原因不明の社会基盤の崩壊である。


なんと、皮肉なことだろう。

『無能』だと見下され追放された私が、実は王国の生命線を握っていたとは。


「それで、それが私を殺しに来た理由とどう繋がるのですか?」


「……聖女エリアーデ様が、こうおっしゃられたのだ」

「『魔導装置の不調は、追放された魔女リディアの呪いが原因である』と」

「そして、『その魔女を倒せば、魔導装置は再び正常に動き出すであろう』と」


呆れて、言葉も出なかった。

あの女は、自分の手に負えない問題を全て私のせいにして責任から逃れるつもりなのだ。

そして、私を殺すことで自分の手柄にしようと企んでいる。


もし偶然どこかの魔導装置が直れば、それも全て聖女の力ということになるだろう。

本当に、どこまでもずる賢くたちの悪い女だ。


「……なるほど、事情はよく分かりました」


私は、ゆっくりと立ち上がった。

騎士団長は、これで助かると思ったのか少し安心した表情を浮かべる。

だが、私は彼に思いもよらない提案をすることにした。


「あなた方に、取引を持ちかけます」


「……取引だと?」


「ええ、あなた方はここで私に討たれるか、私と共にこのヴァイスランドを発展させるか」

「どちらかを選びなさい」


私のその言葉に、騎士団長だけでなくその場にいた全員が目を丸くした。

ギュンターさんでさえ、驚いた顔で私を見ている。


「何を……言っているんだ……? 我々が、貴様に協力するだと……?」


「その通りです、あなた方の剣の腕と騎士としての統率力は、この未開の地を開拓する上で大きな力となるでしょう」

「特に、この辺りは凶暴な魔獣も多く生息しています」

「あなた方には、この村の防衛と周辺地域の安全確保を担当してもらいます」


「馬鹿なことを言うな! 我々は、王国に忠誠を誓った騎士だぞ!」


「その王国は、今まさに沈みかけている泥舟ではありませんか」

「あなた方はその泥舟と共に沈むか、それとも私の作る新しい船に乗り換えるか」

「選択肢は、二つに一つです」


私は、彼らに選択を迫った。

これは、賭けでもあった。

彼らが、騎士としての誇りを捨てきれず反抗する可能性も十分にある。


だが、私には勝算があった。

彼らは私の力の恐ろしさを、身をもって知った。

そして、王国の未来に絶望を感じ始めている。


生き延びたいという人間の本能は、忠誠心などという脆いものより優先される。

騎士団長は、苦悩の表情で天を仰いだ。

彼の心の中で、激しい葛藤が繰り広げられているのが手に取るように分かった。


他の騎士たちも、動揺を隠せないでいる。

互いに顔を見合わせ、小声で何かを話し合っている者もいた。


「……もし我々が、貴様に協力すると言ったらどうなる?」

「我々に、何をさせるつもりだ?」


長い沈黙の末、騎士団長が絞り出すように尋ねた。

私は、その質問を待っていたとばかりににやりと笑う。


「まずは、体力作りからですね」

「あなた方には、私が作った新しい鍬で畑を耕してもらいます」

「騎士としての、なまった体を鍛え直すにはちょうど良いでしょう」


私のその言葉に、騎士たちがぽかんと口を開けて固まった。

彼らは、まさか自分たちが泥まみれになって農作業をさせられるなど夢にも思っていなかったのだろう。

エリートとしての彼らの人生に、存在しなかった選択肢だ。


だが、これは彼らの新しい人生の始まりの儀式なのだ。

プライドを捨て、土に生きる。

そこから、全てを始めさせる。


「さあ、返事を聞かせなさい。イエスか、ノーか」


私は、最終通告を突きつけた。

騎士団長の額を、一筋の汗が伝っていく。

彼の決断が、彼自身の、そしてこのヴァイスランドの未来を大きく左右するだろう。


村人たちも、固唾をのんでその答えを待っている。

広場には、緊張した沈黙が重くのしかかっていた。

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