第7話
アークライト王国の、近衛騎士団が来た。
その紋章は、獅子と聖剣をかたどったものだ。
王家に忠誠を誓い、一員は皆が貴族だ。
エリートだけで作られた、王国最強の組織である。
魔法も剣の腕も、王国で一番の実力者たちが揃う。
そんな彼らがなぜ、この辺境の村に来たのか。
私の隣で、ギュンターさんがごくりと喉を鳴らす。
村人たちの顔には、恐怖と困惑の色が浮かんでいた。
無理もない話だろう。
彼らにとって、王都の騎士はおとぎ話のようだ。
それが今、重い武装で目の前に現れたのだ。
騎士団の先頭に立つ男が、馬からひらりと飛び降りた。
歳は、三十代前半といったところだろうか。
日に焼けているが、顔立ちは貴族らしく整っている。
長く伸ばした金髪を、後ろで一つに束ねていた。
その瞳は、鷹のように鋭く冷たい光を宿す。
他の騎士とは違う、上質な白銀の鎧を着ていた。
彼がこの一団の長だと、誰の目にも明らかだった。
男は私たちを一目見ると、挨拶もなく口を開く。
その態度は、道端の石ころを見るかのようだった。
「ここが例の村か、思った以上にみすぼらしいな」
言葉には、隠そうともしない見下した気持ちがにじむ。
村人たちの間に、さっと緊張が走った。
ギュンターさんが、怒りをにじませて前に出ようとする。
私はそれを、そっと手で止めた。
今は、下手に刺激しない方がいい。
相手は、王国最強の騎士団なのだ。
感情的になれば、何をされるか分からない。
「……あなた様方は、アークライト王国の騎士団の方々ですね」
村長が、震える声で尋ねた。
村の長としての、誇りを保とうとしているのが伝わる。
「このような辺境に、何か御用でしょうか」
騎士団長らしき男は、村長に視線を向けようともしない。
彼はまるで独り言のように、吐き捨てるように言った。
「用があるのは、貴様らではない。魔女だ」
「この村に、『ヴァイスランドの魔女』がいると聞いて来た」
魔女、という言葉に村人たちがざわめいた。
そして、一斉に私の方へと視線を向ける。
しかし、その視線に恐怖や疑いの色はない。
「何を言っているんだ」というような、戸惑いの色が混じっている。
その温かい視線が、私の心を強く支えてくれた。
「魔女、ですと……? それは、何かの人違いでは」
「この村に、そのような者は一人もおりませんが」
村長が、必死でごまかそうとする。
だが騎士団長の鋭い視線は、すでに私を正確に捉えていた。
彼はゆっくりと、私の方へ歩み寄ってくる。
カツ、カツ、と鎧の金属音が村に大きく響いた。
一歩近づくごとに、彼の体から出る威圧感が増していく。
普通の人間なら、その視線だけで体がすくむだろう。
「ほう……? では、貴様は何者だ」
「その若さと容姿、追放された公爵令嬢リディアだな」
私の正体を、知っている。
私がこの村にいることは、秘密のはずだった。
追放を命じた王家が、わざわざ私の居場所を突き止めたのか。
そして、近衛騎士団まで送って来た。
一体、何のために。
「……いかにも、私がリディア・フォン・アウスバッハです」
「ですが魔女などと、言われる覚えはありません」
「黙れ」
私の言葉は、氷のように冷たい声で止められた。
「貴様の妖術については、報告を受けている」
「詠唱も魔法陣もなしに、鉄を生み出し泡で病を癒したそうだな」
「さらに、痩せた土地を蘇らせたとも聞く。それは、神の御業ではない」
「民を惑わす、邪悪な魔女の仕業に他ならない」
報告、という言葉に私は考える。
誰が、そんなことを。
この村の誰かが、王都に知らせたのだろうか。
いや、それはない。
絶対にありえないことだ。
この村の人々は、私のことを心から信じてくれている。
私を裏切るような人間は、ここには一人もいない。
だとすれば、一体どこから情報がもれたのか。
私の考えを読み取ったかのように、騎士団長は口の端をゆがめる。
その表情は、私の戸惑いを楽しんでいるかのようだ。
「聖女エリアーデ様が、神のお告げを受けられたのだ」
「『北の辺境に、災いを呼ぶ魔女あり』とな」
「我らはそのお告げに従い、貴様を罰しに来た」
エリアーデ、またあの女か。
どこまでも、私を苦しめなければ気が済まないらしい。
彼女が聖女としての、名声を高めるための筋書きだろう。
私を『魔女』に仕立て上げ、それを倒すことで自分の神聖さを示す。
なんと、浅はかで悪趣味なことか。
「待ってくだせえ!」
黙っていたギュンターさんが、たまらずに声を張り上げた。
彼の顔は、怒りで真っ赤になっている。
「リディア嬢ちゃんは、魔女なんかじゃねえ!」
「このヴァイスランドの、救世主だ!」
「あんたたちが通ってきた道も、嬢ちゃんが作った新しい鍬で整備したもんだぞ!」
「その恩も、忘れたのか!」
ギュンターさんの言葉に、他の村人たちも次々にうなずく。
堰を切ったように、口々に叫び始めた。
「そうだ、そうだ! リディア様は、私たちの命の恩人だ!」
「聖女様のお告げが、間違っているに決まってる!」
「リディア様を連れて行くなら、この私たちが相手になるぞ!」
村人たちは、錆びた鍬や鋤を手にしていた。
私をかばうようにして、強い騎士団の前に立ちはだかる。
その姿に、私の胸は熱くなった。
追放され、全てを失った私にこんなにも味方ができた。
この人たちを守れるなら、私はどんなことでもできる。
それだけで、もう十分だった。
だが、騎士団長はそんな村人たちの抵抗を鼻で笑う。
まるで、虫の群れでも見るような目だ。
「愚かな、魔女にだまされた哀れな民よ」
「だが安心しろ、貴様らに危害を加えるつもりはない」
「我らの目的は、魔女リディアただ一人だ」
彼はそう言うと、腰の聖剣に手をかけた。
その瞬間、他の騎士たちも一斉に剣を抜く。
抜き身の刃が、鈍い太陽の光をはね返した。
殺気が辺りに満ちて、空気が張り詰める。
村人たちの顔に、恐怖の色が浮かんだ。
農具を持っただけの素人が、プロの騎士団に敵うはずがない。
このままでは、皆殺しにされてしまう。
「……やめてください」
私は、静かにはっきりとした声で言った。
そして私をかばう、村人たちの前にゆっくりと進み出る。
「皆さん、下がってください」
「これは私の問題です、あなたたちを巻き込むわけにはいきません」
「し、しかし、リディア様……!」
村長が、不安そうな声を上げる。
私は彼の方を振り返り、優しくほほえみかけた。
「大丈夫です」
その笑みは、紛れもなく本心からのものだった。
私には、もはや何の恐れもなかったからだ。
守るべきものができた人間は、強くなれるのだと知った。
私は再び、騎士団の方へと向き直る。
騎士団長と、その背後にいる騎士たちをまっすぐに見据えた。
「私が魔女ですか、面白いことをおっしゃいますね」
「ではお見せしましょう、私の『妖術』があなたたちの魔法にどこまで通用するのかを」
私の挑発的な言葉に、騎士団長の眉がぴくりと動く。
彼の冷たい表情に、初めてわずかな感情が浮かんだ。
「……ほざくな、魔力ゼロの無能が」
「少しばかり、奇妙な術が使えるからと調子に乗るなよ」
「無能かどうかは、これから分かります」
私は懐から、小さなガラス瓶を取り出した。
中には、私が実験用に作った無色透明の液体が入っている。
騎士団長は、その小瓶を不思議そうに見つめた。
「なんだそれは、毒でも飲むつもりか?」
「それとも、命乞いのための贈り物か?」
「いいえ、これはあなた方へのささやかな贈り物ですよ」
私はそう言うと、小瓶の蓋を開けた。
そして、中の液体を地面にまく。
液体は、乾いた土にじわりと染み込んでいった。
それは、周りから見ればただの水に見えただろう。
騎士たちは、私が何をしたのか分からず怪訝な顔をしている。
彼らの視線には、侮りと好奇心が混じっていた。
「……何がしたい? くだらない時間稼ぎはやめろ」
「まあ、見ていてください」
私は後ずさりながら、ギュンターさんにだけ聞こえる声で指示を出す。
騎士団に、気づかれてはならない。
「ギュンターさん、皆を連れてすぐに工房まで下がってください」
「そして、何があっても絶対に工房から出ないように」
「嬢ちゃん……? 一体何を……」
「いいから、早く!」
私の気迫に押され、ギュンターさんは一瞬ためらった。
だが、すぐに私の意図を察してくれたようだ。
彼は村人たちに、避難するように言い始めた。
騎士団は、そんな私たちの様子をまだ余裕の表情で眺める。
彼らにとって、私たちの行動など遊びにしか見えないのだろう。
その油断が、命取りになる。
村人たちが工房へ避難していくのを、横目で確認した。
私は、さらに騎士団から距離を取る。
そして、足元の石を二つ拾い上げた。
一つは、火打石だ。
もう一つは、黄鉄鉱である。
私がこの世界に来て、最初に火を熾した始まりの道具だ。
騎士団長が、ようやく私の意図に気づいたらしい。
その整った顔に、焦りの色が浮かんだ。
「……貴様、まさか……! やめろ!」
「さあ、ショーの始まりです」
私は不敵にほほえむと、二つの石を力一杯打ち鳴らした。
カチッ、という硬い音と共に小さな火花が散る。
その小さな火種が、先ほど私が液体をまいた地面に触れた。
その、瞬間だった。
ドゴオオオオオオオオン!!!
鼓膜が破れそうな爆発音と共に、地面から巨大な火柱が立ち上る。
熱い爆風が、隊列を組んでいた騎士団を飲み込んだ。
馬は甲高く嘶き、騎士たちは悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。
私がまいた液体、それはニトログリセリンだ。
グリセリンと、私が合成した濃硫酸と硝石から作った濃硝酸を反応させた爆薬である。
極めて不安定で、強力な破壊力を持つ。
火花一つの衝撃で、簡単に爆発する。
前世では、ダイナマイトの原料として知られた恐ろしい物質だ。
爆発の中心の地面は大きくえぐれ、黒い煙がもうもうと立ち上っている。
騎士団は、完全に混乱していた。
鎧は焼け焦げ、あちこちでうめき声が上がる。
馬は暴れ回り、もはや陣形など保てていなかった。
「な……な……!?」
騎士団長だけが、かろうじて馬の上で体勢を保っていた。
しかし、その顔は驚きと恐怖に染まり声にならない声を上げる。
彼の自慢の白銀の鎧も、爆風で所々が黒くすすけていた。
「これが、私の『妖術』のほんの始まりです」
「あなたたちは、とんでもない相手に喧嘩を売ったようですね」
私は煙の中から、ゆっくりと姿を現しながら冷たく言い放つ。
私の手には、いつの間にかもう一つのガラス瓶が握られていた。
中には、同じニトログリセリンがなみなみと満たされている。
それを見た騎士たちの顔が、絶望に引きつるのが分かった。
私を魔女と呼んだことを、後悔させてやる。




