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第45話

ヴァイスランドでの調印式から数日が過ぎた。

王都へと戻る特別列車の窓の外には、見慣れた景色が流れていく。

しかし、その景色の中には確実に新しい変化が刻まれていた。

線路沿いには等間隔で電信柱が並び、その細い線が情報の血流となって国中を繋いでいる。


「リディア先生、これを見てください」

隣に座るエリアーデが、一枚の報告書を差し出してきた。

彼女は移動中も休むことなく、各地の診療所から届くデータの集計を行っている。

「どうしたの、エリアーデ。何か問題でもあったかしら」


「いいえ、その逆ですわ。先生が配布した『リディア・ターミナル』の運用状況についてです」

エリアーデの指が、紙に記されたグラフをなぞる。

「導入された地域では、流行病の初期対応速度が従来の五倍以上に跳ね上がっています。情報の共有が、これほどまでに命を救う力になるとは」


「それは良かったわ。でも、まだ満足はできないわね」

私は窓の外、遠くに見える山並みを見つめた。

「情報の速度が上がれば、それだけ人々の期待も高まる。次は、その情報をいかに正確に、そして誰にでも分かりやすく伝えるかが課題になるわ」


情報の民主化。

それが私の掲げる、アークライト科学合衆国の根幹だ。

魔力を持つ者だけが知識を独占し、奇跡という名の権威で人々を従わせる時代。

そんな不公平な世界を、私は科学という共通言語で塗り替えていくつもりだった。


「リディア。さっきから難しい顔をしているな」

向かいの席で書類に目を通していたジークフリードが、顔を上げた。

「大統領閣下こそ、その山のような公文書はどうにかならないの?」

「はは、これもお前の言う『国のエネルギー』を正しく導くためのコストだよ」


ジークフリードは苦笑しながら、手元の万年筆を置いた。

「だが、一つ気になる報告がある。帝国の使節団が帰国した後、近隣の小国たちが一斉に動き始めたらしい。我が国の技術を導入したいという要望が、窓口に殺到しているそうだ」


「あら、それは素晴らしいことじゃない」

「表面上はな。だが、中には技術を盗み出そうとする勢力や、科学を兵器としてのみ利用しようとする過激な連中も混じっている。アルブレヒトの報告によれば、国境付近で不審な魔導師の動きが確認されたという話だ」


その言葉に、車内の空気がわずかに緊張した。

科学は、使い方を間違えれば世界を滅ぼす毒にもなる。

かつての超古代文明がそうであったように。

私はその危険性を、誰よりも理解しているつもりだった。


「対策は考えてあるわ。アルブレヒトには、主要な技術拠点の警備をさらに強化するよう伝えて」

「ああ。それと、お前が提案していた『科学教育の義務化』。これについても、早急に法整備を進めるつもりだ。技術を扱う人間に、正しい倫理観と論理的思考を身につけさせなければならない」


教育こそが、最大の防御。

私の信念は、ジークフリードにも深く共有されていた。

列車は一定のリズムを刻みながら、王都へと近づいていく。

線路の継ぎ目を越えるたびに、新しい時代の鼓動が伝わってくるようだった。


数時間後、私たちは王都中央駅に到着した。

ホームに降り立つと、そこには熱気があふれていた。

多くの市民が、私たちの帰還を歓迎しようと集まっている。

「リディア先生! お帰りなさい!」

「大統領! 万歳!」


人々の歓声を聞きながら、私は駅の広場に設置された巨大な掲示板を見上げた。

そこには、今日の天気予報や農作物の取引価格、そして簡単な理科の豆知識が最新の電信によって表示されている。

人々はその掲示板を熱心に眺め、メモを取ったり、家族と話し合ったりしていた。


「見て、ジークフリード。あそこに集まっている人たちの目を」

私が指さすと、彼は満足そうに頷いた。

「ああ。みんな、自分の頭で考え、未来を選ぼうとしている。魔法の奇跡を待っていた頃の、どんよりとした目とは大違いだ」


私たちは王宮へと戻り、すぐに臨時閣議を開いた。

議題は、合衆国全土に広げるエネルギーネットワーク、「マナ・コレクター」の設置計画だ。

これは大気中のナノマシンが持つ微弱なエネルギーを、電力に変換して集約する大規模なシステムである。


「これが完成すれば、石炭に頼ることなく、クリーンで無限に近い電力を確保できます」

私は会議室の壁一面に貼られた地図を指し示した。

「主要な街道や河川沿いにコレクターを配置し、それを高圧送電線で繋ぎます。名付けて『科学の血管』プロジェクトです」


会議に出席していた各省の代表者たちから、驚きと期待の声が上がる。

「マナを電力に変える……。そんなことが、本当に可能なのですか」

「原理は、先日お見せした電磁誘導の応用です。大気中のナノマシンは、特定の波長に反応して振動します。その振動を電気的なエネルギーとして取り出すのです」


私は理論の裏付けとなる計算式を、黒板に書き連ねた。

かつての魔導師たちにとっては理解不能な呪文かもしれない。

だが、今の合衆国の官僚たちは、基礎的な物理学を学んでいる。

彼らは私の説明を真剣に聞き、現実的な課題について質問を投げかけてきた。


「建設費用はどうしますか? 莫大な銀が必要になりますが」

「それについては、ガルニア帝国との通商条約で得られる資源を充当します。また、電力の販売による収益をインフラ維持に回す仕組みを作ります。これは、一方的な投資ではなく、富を生み出す装置なのです」


議論は数時間に及び、最終的にプロジェクトは満場一致で承認された。

新しい時代の基盤を、自分たちの手で作り上げる。

その高揚感が、会議室全体を支配していた。


会議の後、私は一人で屋上の観測デッキに登った。

夕闇に包まれる王都の街並み。

街灯が一つ、また一つと点り、光の波が広がっていく。

かつての不気味な紫色の光ではなく、暖かなオレンジ色の輝き。


「先生、こちらにいらしたんですね」

エリアーデが、温かいスープの入ったカップを持ってやってきた。

「お疲れ様です。マナ・コレクターの件、素晴らしい計画ですわ。病院の電気も、これでさらに安定しますね」


「ええ。そうなれば、夜間の手術や精密な分析機器の運用も、もっと確実になるわ。エリアーデ、あなたの研究も、これでさらに加速するはずよ」

「はい。わたくし、最近はナノマシンの働きを調整することで、傷の治癒をさらに早める方法を研究しているのです。科学的に解析した波長を、患部に照射する。魔法よりも、ずっと精密な治療法ですわ」


エリアーデの瞳には、かつての自分を超えようとする強い意志が宿っていた。

彼女はもう、私を追いかけるだけの助手ではない。

独自の視点で科学を切り拓く、立派な研究者になっていた。


「楽しみね。あなたのその発見が、世界中の何万人という人を救うことになるわ」

私たちは並んで、夜の景色を眺めた。

遠くの空に、試験飛行を終えた飛行船ヴァイスランド号が、ゆっくりと高度を下げるのが見えた。

その船体には、新しく開発された発光ダイオードによるロゴマークが輝いている。


ふと、私は不自然な感覚を覚えた。

私の「目」が、王都の北西、山脈のふもとあたりに、奇妙なエネルギーの揺らぎを捉えたのだ。

ナノマシンの密度が、局所的に異常な値を示している。


「……? 何かしら、今の」

「先生、どうしました?」

「あの方角。ナノマシンの分布が、不自然に波打っているわ。まるで、何か巨大なものが大気をかき回しているような……」


私は急いでデッキに設置された望遠鏡を、その方角へと向けた。

レンズの向こう、月明かりに照らされた山肌。

そこには、本来あるはずのない「影」が蠢いていた。

巨大な、複数の脚を持つ、銀色の影。


「……まさか。あの時の戦闘機械が、まだ残っていたというの?」

私の背筋を、冷たい汗が流れた。

遺跡で倒したはずの、超古代の自律防衛システム。

それが、一機だけではなかった可能性がある。


「エリアーデ、すぐにジークフリードとアルブレヒトを呼んで! 非常事態よ!」

私の鋭い声に、エリアーデは顔色を変えて走り出した。

私は望遠鏡を覗き続け、その「影」の動きを追った。

銀色の影は、ゆっくりと、しかし確実に、王都へと向かう街道へと這い出していた。


それは一機や二機ではなかった。

闇の中から、三つ、四つと、同じような不気味な光が点滅し始める。

古代のシステムは、まだ完全に眠りについてはいなかったのだ。

私たちが開けてしまった「パンドラの箱」の底には、まだ、恐ろしい遺産が眠っていた。


「……理を理解する者への、試練というわけね」

私は震える手を握りしめ、頭の中で迎撃のための数式を組み立て始めた。

大砲の射程、電磁パルス弾の有効範囲、そして市民の避難ルート。

科学者としての私の脳が、急速に戦闘モードへと切り替わっていく。


数分後、ジークフリードとアルブレヒトが、息を切らして屋上に駆け込んできた。

「リディア! 本当か! 古代の機械が、また現れたというのは!」

「ええ。見て。あの方角、街道沿いに複数の熱源を確認したわ」


アルブレヒトが望遠鏡を覗き込み、低く唸った。

「……間違いない。あの忌まわしい銀色の悪魔だ。しかも数が多い。今の王都の守備隊だけでは、正面からぶつかれば甚大な被害が出ます」

「だったら、正面からは戦わないわ。アルブレヒト、鉄道を使って『要塞列車』を出撃させるわよ」


「要塞列車、ですか?」

「ええ。大砲を搭載した装甲車両を、蒸気機関車で牽引するの。機動力と火力を兼ね備えた、私たちの最新兵器よ。これを使って、敵を各個撃破する」


私は既に、研究室で書き留めていた要塞列車の設計図を、二人に提示した。

ギュンターさんが、いざという時のためにと、秘かに製造を進めていた試作車両だ。

「幸い、敵の進路には鉄道の幹線が通っている。待ち伏せするには最高の場所よ」


「分かった。アルブレヒト、すぐに全部隊を招集せよ。俺も列車に乗る」

ジークフリードが、力強く言った。

「ダメよ、ジークフリード。あなたはここで、街の防衛と市民の指揮を執って。国を背負うリーダーが、最前線で命を懸けるのは非効率だわ」


「……リディア。お前はいつも、冷徹に正しいことを言うな」

ジークフリードは苦笑したが、その瞳には信頼が満ちていた。

「分かった。現場は君とアルブレヒトに任せる。俺はここで、最後の砦を守り抜こう」


私たちはすぐに行動を開始した。

王都の駅では、ギュンターさんが真っ黒に汚れながら、巨大な装甲車両を機関車に連結していた。

「よう、嬢ちゃん! ついに出番が来たな。この『雷神号』、俺が丹精込めて鍛え上げた傑作だ。古代のガラクタどもに、科学の鉄槌を食らわせてやろうぜ!」


「頼りにしてるわ、ギュンターさん。出発しましょう!」

私は要塞列車の指揮車両に乗り込んだ。

蒸気機関が咆哮を上げ、巨大な鉄の塊が、闇を切り裂いて走り出した。

背後で遠ざかる王都の明かりを見つめながら、私は懐にある「ナノマシン停止コマンド」のメモを強く握りしめた。


暗闇の中、線路の上を銀色の蛇のような列車が滑っていく。

前方の視界には、すでに敵の放つ不気味な赤い光が見え始めていた。

「……目標、確認。距離、五千メートル」

アルブレヒトの報告が、車内に響く。

「全砲門、開け。火薬の力で、歴史のゴミを掃除するわよ!」


私の号令とともに、列車の側面から巨大な砲身がせり出した。

月明かりの下で、鉄と鉄がぶつかり合う、新しい時代の戦いが今、幕を開けようとしていた。

私はモニターの計器類を凝視し、発射のタイミングを正確に計り続けた。

心臓の鼓動が、列車の振動と同期していく。

科学は、今度こそこの世界を真に守り抜くことができるのだろうか。




もし次の話が気になるなら、


⬇︎の(☆☆☆☆☆)を(★★★★★)に変更して、


次話をお待ちいただけますと幸いです。

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