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第41話

ヴァイスランド号の船室で、私は窓の外を流れる雲を眺めていた。

遺跡での発見は、私たちの世界の前提を根底から覆すものだった。


魔法とは、失われた超古代文明が遺したナノマシンの群れ。

その事実を知った今、私の頭の中には新しい数式が次々と浮かんでは消えていた。

隣ではジークフリードが、真剣な顔で私のノートを読み返している。

彼は先ほどから一言も発さず、ただ黙々と知識を吸収しようとしていた。


「リディア、一つだけ確認させてほしい」

ようやく顔を上げた彼の瞳には、迷いではなく強い決意が宿っていた。

「魔法が機械の集合体だというのなら、それは誰にでも公平に扱えるはずのものなのだろうか」


「ええ、その通りよ」

私は、迷わずに頷いた。

「今までは魔力という才能に依存していたけれど、これからは違うわ。仕組みさえ解明できれば、道具を使って誰もが同じ奇跡を起こせるようになる」


「才能による支配ではなく、知識による共有か。それが、お前の目指す科学の本来の姿なのだな」

ジークフリードは、静かに笑った。

その表情には、かつての傲慢な王子の影はもうどこにもなかった。

「ならば、俺が成すべきこともはっきりした。この真実を、まずは王都の人々に伝えなければならない」


空を泳ぐヴァイスランド号は、夕闇に包まれ始めた王都の上空へと差し掛かった。

眼下に広がる街の灯りは、少しずつ電気によるものへと置き換わっている。

かつての紫色の不気味な魔力の光よりも、ずっと温かく力強い輝きだ。

私たちは係留塔へと降り立ち、休む間もなく次の行動を開始した。


「アルブレヒト、王立アカデミーの教授たちを集めてちょうだい。それと、主要な商人ギルドの代表者もね」

私が指示を出すと、アルブレヒトは力強く敬礼して闇の中へと消えていった。

「エリアーデ、あなたは病院のスタッフに、魔力に頼らない新しい消毒法の周知をお願い。ナノマシンの働きが弱まっても、命が救えるように」


「分かりました、先生。わたくし、全力を尽くしますわ」

エリアーデもまた、自分の使命を果たすべく病院へと向かった。

私はジークフリードと共に、王宮の大広間へと足を進めた。

そこには、急な呼び出しに困惑する重鎮たちが集まっていた。


「リディア顧問、こんな夜更けに一体何事ですか」

老教授の一人が、不満げに声を上げた。

「電信網の整備や鉄道の建設で忙しいのは分かりますが、休息も必要でしょう」


「教授、休息よりも先に、皆さんに見ていただきたいものがありますわ」

私は広間の中心に立ち、用意していた映写機を起動させた。

スクリーンに映し出されたのは、あの円錐形の遺跡で記録したホログラムの映像だ。

古代の人々が空を飛び、星を離れ、そしてこの地にたどり着いた歴史。

そして、マナという名の極小機械が散布される様子が映し出された。


広間は、水を打ったように静まり返った。

誰もが、自分たちの信じてきた世界の根幹が崩れる音を、心の中で聞いていた。

「これが、魔法の正体です。奇跡ではなく、先人たちが遺した高度な技術なのです」


「ば、馬鹿な……。聖なる力である魔法が、ただの小さな粒子の集まりだというのか」

教授の一人が、震える声で叫んだ。

「そうだとしたら、我々が一生を捧げてきた研究は一体何だったのだ」


「無駄ではありません。あなたがたが積み重ねてきた経験は、これから新しい科学を構築するための大切な土台になります」

私は、厳しい声をあえて和らげて語りかけた。

「魔法という結果だけを享受する時代は終わりました。これからは、なぜ魔法が起きるのかを解明し、それを制御する時代なのです」


「制御、だと。神の領域を、人間が意のままに操るというのか」


「神の領域などではありません。これは、人間が作った道具に過ぎないのです」

私は、ジークフリードに視線を送った。

彼は一歩前に進み、広場に集まった人々を圧倒するような声で宣言した。


「今日、ここに『科学憲章』を制定する。我が国は、魔法という不確かな力に依存することをやめ、観察と理論に基づく科学によって発展することを誓う」

「魔力を持たない者も、等しく学び、等しく豊かになれる権利を持つ。これが、新生アークライト科学合衆国の第一歩だ」


ジークフリードの言葉は、衝撃を持って受け入れられた。

だが、反対する声は意外にも少なかった。

それは、彼らがこの数ヶ月で私たちが起こしてきた「奇跡」を、実際に見てきたからだ。

鉄道、電信、そして病を治す薬。

それらはすべて、魔力のない私たちが作り上げたものだった。


「……分かった。リディア先生、あなたの提示する新しい理に従おう。我々も、研究者としての誇りがある。真実から目を逸らすことはできん」

老教授が、深く頭を下げた。

それをきっかけに、次々と人々が私たちの考えに賛同を示し始めた。

それは、この世界の歴史が大きく旋回した瞬間だった。


翌朝、私は早速王立アカデミーを改装するための準備に入った。

校舎の設計図を書き直し、新しい教育カリキュラムを作成する。

原子論、熱力学、電気学。

これからは魔法学という授業は消え、それらは物理学という大きな枠組みの中に統合されていく。


「リディア、早速だが、この『ナノマシン』というものをもっと詳しく分析することはできないだろうか」

ジークフリードが、顕微鏡を覗き込みながら尋ねてきた。

「ええ、もちろんよ。でも、今の私たちの技術では、まだ直接分解することは難しいわ。だから、まずはそれらが反応する『信号』を解明することから始めましょう」


私は、音叉と電気信号を組み合わせた装置を組み立てた。

特定の周波数の音を鳴らすことで、空気中のマナがどのように動くかを観察する。

「これまでの詠唱は、複雑な音声信号だった。それを、もっと単純な電気パルスに置き換えることができれば……」


私が考えを巡らせていると、研究所にギュンターさんが慌てた様子で飛び込んできた。

「よう、嬢ちゃん! 大変だ、例の鉄道建設現場で、見たこともねえ化け物が出たって報告があったぞ!」

「化け物? 魔獣ではないの?」


「ああ、目撃した職人たちの話じゃ、体中が銀色に輝いていて、魔法が一切効かねえらしい。まるで、生きている鉄の塊だったってよ」

銀色に輝く、鉄の塊。

その言葉を聞いた瞬間、私の背中に冷たい汗が流れた。

あの遺跡にいたものと同じ、古代の自律防衛システムが起動したのかもしれない。


「……ナノマシンが暴走している可能性があるわ。あるいは、誰かが意図的に起動させたか」

私はすぐに装備を整え始めた。

「アルブレヒトに連絡して! 重装歩兵部隊をすぐに現場へ向かわせるわ。私も行く、その怪物の正体を確認しなければならない」


ジークフリードもまた、自らの新しい剣を手に取った。

「俺も行こう。新しい憲章を定めたばかりだ、国民を守る責任が俺にはある」

「ええ、頼りにしているわ。エリアーデ、あなたは負傷者が出た場合に備えて病院で待機していて。それと、高濃度の強酸を用意しておいてちょうだい」


私たちは蒸気機関車に乗り込み、北の建設現場へと急いだ。

線路の上を、鉄の車輪が激しく音を立てて転がる。

時速八十キロを超える速度が、私の焦りをさらに煽っていた。

もし、古代の兵器が目覚めたのだとしたら、今の私たちの技術で対抗できるのだろうか。


現場に到着すると、そこは惨泓な光景が広がっていた。

最新式の掘削機は無残に破壊され、資材はあちこちに散乱している。

そして、その中心にいたのは、高さ三メートルほどの多脚型の戦闘機械だった。

銀色のボディーには、遺跡で見たあの原子の模様が刻まれている。


「あれが、魔導兵器の真の姿か……」

アルブレヒトが、盾を構えながら呟いた。

「総員、散開しろ! 敵の攻撃パターンを見極めるんだ!」

戦闘機械が、その脚部を激しく振動させた。

次の瞬間、見えない衝撃波が放たれ、地面が大きく爆発した。


「魔法じゃない、純粋な物理的な圧力よ!」

私はライフルを構え、その装甲の継ぎ目を狙った。

「アルブレヒト、通常の弾丸では弾かれるわ! 以前に作った高周波ブレードはある?」


「はい、ここに! ですが、近付くのは至難の業です!」

「私が隙を作るわ。ジークフリード、右側から回り込んで注意を引いて!」

私は腰のベルトから、特製の薬品を詰めた小瓶を取り出した。

超強力な潤滑剤。

機械の関節部分にこれを流し込み、その摩擦係数をゼロに近づけることで、動きを封じる作戦だ。


私は地面を蹴り、瓦礫の陰を縫うようにして怪物の足元へと肉薄した。

機械が私に気づき、砲塔を向けてくる。

だが、その一瞬早く、ジークフリードが逆側から斬りかかった。

「こっちだ、ガラクタめ!」


激しい金属音が響き、火花が散る。

ジークフリードの剣は、科学の力で極限まで研ぎ澄まされていた。

装甲を切り裂くことはできないが、衝撃を与えるには十分だった。

機械の注意が逸れた隙に、私は小瓶を投げつけた。


パリン、という硬い音とともに、液体が機械の脚部関節に飛び散った。

その瞬間、機械の動きが不自然に滑り始めた。

自重を支えるための摩擦を失い、巨大な脚が虚しく地面の上を泳ぐ。

「今よ、アルブレヒト! 動力パイプを切断して!」


アルブレヒトが、光り輝く高周波ブレードを手に飛び出した。

振動する刃が、機械の腹部に露出した配線を一気に切断する。

パチパチという激しい火花とともに、機械の赤い瞳から光が消えた。

そのまま、ズゥンという重々しい音を立てて、銀色の巨体が地に伏した。


「……ふぅ。何とかなったわね」

私は、荒い息を整えながら、沈黙した戦闘機械を見上げた。

「だが、これで終わりではないだろうな。リディア、なぜこんなものが急に現れたのだ」


「おそらく、私たちが遺跡の門を開けたことで、周辺の防衛システムがネットワークを通じて再起動したのよ」

私は、機械の装甲板を外し、内部の構造を確認した。

そこには、想像を絶するほど精密な電子回路が張り巡らされていた。

「これは、驚異的な技術の集積だわ。でも、解読は可能よ。私たちの科学がさらに進化するための、格好の教材になる」


私たちは、破壊した戦闘機械を王都の研究室へと持ち帰ることにした。

これこそが、魔法というあやふやな力を、科学という確かな技術へ変換するための「ミッシングリンク」になる。

王宮へと戻る列車の中で、私は手に入れたばかりの回路の断片を見つめていた。

これを使えば、私たちの電信網はさらに高速になり、いずれは情報の自動処理さえ可能になるかもしれない。


「リディア、お前は本当に楽しそうだな。戦いの後だというのに」

ジークフリードが、呆れたように笑った。

「不謹慎かしら? でも、未知の理に触れることは、何よりも私を元気づけてくれるのよ」


王都に戻ると、街は静かな活気に満ちていた。

人々は、新しい憲章が何をもたらすのかを、不安と期待を持って見守っている。

私は、研究室の灯りを灯し、早速手に入れた回路の分析を開始した。

エリアーデが、淹れたてのハーブティーを運んできてくれた。


「先生、あまり根を詰めすぎないでくださいね。明日からは、新しい学校の授業も始まりますから」

「分かっているわ、エリアーデ。でも、この信号の意味が分かれば、明日の授業はもっと面白いものになるわよ」

私は微笑み、ペンを走らせた。

一つ一つの法則を解き明かすことが、この世界を救うことに繋がると信じて。


それから数日間、私は狂ったように研究に没頭した。

戦闘機械の内部から見つかった「プログラム」と呼ばれる命令系統。

それは、かつての言語をベースにした論理の積み重ねだった。

「もし……ならば……を実行せよ」。

その単純なルールの組み合わせが、あのような複雑な動きを可能にしていた。


「これが、魔法の裏側にあった真の意志なのね」

私は、新しいノートに「プログラミング言語」の基礎を書き留めた。

これを教えることができれば、魔法の制御は魔法使いだけのものではなくなる。

誰もが、文字を使って世界の事象に命令を下せるようになるのだ。


そして、ついに国立科学アカデミーの開校式の日がやってきた。

広場には、貴族の子供から平民の少年少女まで、千人を超える志願者が集まっていた。

私は、真新しい演台の上に立ち、集まった未来の科学者たちを見渡した。

彼らの瞳は、新しい世界を待ち望む輝きに満ちている。


「皆さん、ようこそ。今日から、皆さんは世界を新しい目で見る訓練を始めます」

私は、黒板に大きな数式を一つ書いた。

それは、エネルギーの変換効率を示す数式だ。

「魔法を信じる必要はありません。自分の目で観察し、自分の頭で考え、その結果を信じてください。科学は、皆さんの手の中にあります」


授業が始まると、教室内は熱気に包まれた。

私が、電気の力で針を動かす実験を見せると、子供たちは驚きの声を上げ、身を乗り出した。

「リディア先生、どうして針が回るんですか!」

「それは、電気と磁石が仲良しだからよ。ほら、ここを見て」


一つ一つの疑問に、私は論理的に答えていく。

そこに奇跡や神秘を挟む余地はない。

ただ、冷徹で美しい法則があるだけだ。

授業を終えた後、私は心地よい疲労感とともに、校舎の中庭を歩いた。

そこには、かつての敵であったヴァルデック伯爵の姿があった。


「……リディア先生、お疲れ様です」

彼は、すっかり毒気が抜けた顔で、庭の手入れをしていた。

「どう、少しは科学の楽しさが分かってきたかしら」

「ええ。草木がどうして緑色をしているのか、その理由を学んだ時は、世界が輝いて見えましたよ。私は、今まで何も見ていなかったのだと痛感しました」


「そう。見ようとすれば、世界はいくらでも秘密を教えてくれるわ」

私は彼に微笑みかけ、執務室へと向かった。

そこでは、ジークフリードが待っていた。

彼の机の上には、近隣諸国からの大量の外交文書が積まれている。


「リディア、君の噂を聞きつけて、さらに多くの使者が門を叩いているよ。みんな、この『科学』という魔法を分けてくれと言ってきている」

「分けてあげるのは構わないけれど、その代わりに和平の約束をしてもらいましょう」

私は、彼の隣に座り、書類を一枚手に取った。

「知識の共有は、平和のための最高の手段だもの」


「全くだな。だが、帝国だけは少し動きが怪しい。彼らの皇帝が、自分たちの魔導師団を近代化するために、君を拉致しようと企んでいるという情報が入った」

「拉致? 私を?」

私は思わず笑ってしまった。

科学の重要性に気づいたのは結構だが、手段が野蛮すぎる。


「アルブレヒトには警戒を強めてもらっているが、注意してくれ。君はこの国の、いや、この世界の心臓なのだから」

「心配しないで。私を力ずくで動かそうとするなら、相応の報いを受けてもらうまでだわ」

私は、窓の外に並ぶ電柱の列を眺めた。

電信線は、今も休むことなく情報を運び続けている。

私たちの知らない場所で、新しい物語が始まろうとしていた。


その日の夜、私は誰もいない研究室で、一つの実験を行っていた。

あの戦闘機械から取り出した小型の演算チップ。

それに、自作の電気回路を接続し、情報を読み取ろうとしていたのだ。

カタカタと、受信機が音を立てる。

モニター代わりに用意した、数百個の小さな電球が点滅を始めた。


「……通信、開始」

私がキーボード代わりに作ったスイッチを押すと、電球が特定のパターンで輝いた。

それは、遺跡の壁に刻まれていたものと同じ、古代の符号。

読み取れたのは、断片的な警告メッセージだった。

「システム……臨界……再起動……警告……」


「再起動……? 何が再起動するというの」

私が不安を感じたその瞬間、王都の北の空が、昼間のように白く輝いた。

雷鳴のような地響きが、研究室の窓を震わせる。

「な、何事!? 爆発?」

私はバルコニーに飛び出した。


北の山脈の彼方、あの遺跡があった方向から、巨大な光の柱が天を貫いていた。

それは、私たちがこれまでに見たどんな魔法や科学の現象よりも、巨大で圧倒的なものだった。

光の柱の周りでは、雲が渦を巻き、激しい放電が繰り返されている。

「……始まったのね。真の、再起動が」


私の心臓が、早鐘を打っていた。

古代文明の遺産は、ただ静かに眠っていたわけではなかった。

私たちが触れたことで、眠っていた地球規模の環境管理システムが、再び目を覚ましてしまったのだ。

そして、そのシステムが現代の人類をどう判断するかは、誰にも分からなかった。


「先生! リディア先生!」

廊下を走るエリアーデの叫び声が聞こえる。

「王都中の魔導装置が、一斉に暴走し始めました! 街が、光に飲み込まれそうです!」

私は、急いで執務机に戻り、すべての無線機のスイッチを入れた。

「アルブレヒト、ジークフリード! 全全部隊に告ぐ、非常事態よ! 国中の電力を遮断して! 磁気嵐が来るわ!」




もし次の話が気になるなら、


⬇︎の(☆☆☆☆☆)を(★★★★★)に変更して、


次話をお待ちいただけますと幸いです。

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