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第4話

ギュンターさんとの共同作業は、驚くほど順調に進んだ。

彼は地面に描いた、簡単な設計図を見るだけでいい。

私の考えを、すぐに正確に分かってくれるのだ。

それは長年の鍛冶屋としての経験が、言葉にならない勘の良さになっているのだろう。


「嬢ちゃん、ここの空気の吹き込み口だがな。少し角度をつけた方が、炉の中で熱がうまく回るんじゃねえか」


ある日、ギュンターさんが積み上げた煉瓦を眺めながら言った。


「……。ええ、その通りです、ギュンターさん。よく分かりましたね」


私は、心から驚いてしまった。

熱をうまく回すための、渦巻き状の流れを作る仕組みだ。

私が説明しようとしていたことを、彼は長年の経験から見抜いていたのである。

やはり、彼の協力は私にとって絶対に必要だった。


「へへん、伊達に何十年も火と向き合ってきてねえからな」


ギュンターさんは、照れくさそうに鼻の頭をかいた。

私たちはお互いの知識と経験を、うまく補い合っていた。

そして、着実に高炉を組み上げていったのだ。

私が科学的な理由を説明し、ギュンターさんがそれを実践的な形にしていく。

その過程は、前の世界での研究チームとの共同作業を思い出させた。

私の心は、静かに高揚していた。


数日後、高さ三メートルほどの炉が完成した。

ずんぐりとした、円筒形の炉だ。

素人が作ったとは思えないほど、頑丈でしっかりしたものが出来上がった。

炉の完成に、ギュンターさんは感動した様子だった。

その煉瓦の壁を、大きな手で優しくなでている。


「すげえ……本当にできちまった。俺たちの炉だ」


「はい、私たちの炉です」


感慨に浸るのも少しの間で、次の重要な工程が待っている。

鉄を作るための、材料の調達だ。


「ギュンターさん、鉄鉱石と木炭が大量に必要になります」


「木炭は俺に任せておけ。この辺りの森の木は、良い炭になるからな。問題は、鉄鉱石の方だ。質の良い鉱石が、そう簡単に見つかるかどうか……」


この辺りにも鉄鉱山はあると聞くが、そこから取れる鉱石は管理されている。

貴族や大きなギルドが、厳しく管理しているはずだ。

追放された罪人の私が、それを分けてもらうことはできないだろう。


「心当たりは、あります」


私はこの土地に来てから、暇を見つけては周りの森を歩いていた。

もちろん、それはただの散歩ではない。

私の『目』を使って、この土地に眠る役に立つ資源を探していたのだ。

そして、すでに見つけていた。

村から少し離れた岩山に、純度の高い赤鉄鉱がむき出しになっている場所を。


「案内します、ついて来てください」


私はギュンターさんを連れて、森の奥へと深く進んでいった。

獣道すらない、道なき道を進む。

およそ一時間ほど歩くと、目の前に崖が現れた。

赤茶けた、不気味な岩肌がむき出しになっている。


「ここだ、どうだ、嬢ちゃん」


驚いたことに、ギュンターさんもこの場所を知っていたようだ。

彼は、得意げにその崖を指差した。

だが、彼のこの場所への認識は私とは全く違っていた。


「村の連中は、気味悪がって誰も近づかねえ。『血塗れの岩』なんて呼ばれてる場所でな。まあ、確かにそこらの石よりは妙に硬そうだが……」


「これが、最高の鉄鉱石です」


私は、彼の言葉をさえぎって断言した。

私の目には、この赤茶けた岩が見えている。

ほとんど不純物を含まない、とても良質な酸化鉄の塊として見えていた。


「こいつが……鉄鉱石だと」


信じられない、という顔のギュンターさん。

私は、一つの簡単な実験をしてみせることにした。

持ってきた炭の粉と、崖から削った赤い石の粉を混ぜる。

それを、耐火煉瓦で作った小さな器に入れた。

そして、携帯用の小さなふいごで空気を送り込む。

木炭の火で、それを強く熱した。

これは、鉄を取り出すための特別な化学反応の応用だ。

酸化鉄は、高温の炭素によって酸素を奪われる。

そして、還元されて鉄だけになるのだ。


しばらく熱し続けると、器の中身がまぶしいほど赤く輝き始めた。

やがて、どろりとした液体に変わる。

それを、地面に掘った簡単な型に流し込んだ。

あとは、冷えるのを待つだけだ。

数分後、そこに現れたのは金属の塊だった。

紛れもなく、鈍い銀色の重々しい光を放っている。


「……て、鉄だ……」


ギュンターさんは、自分の目を疑うように何度も見比べた。

その金属の塊と、『血塗れの岩』を。


「こんな……こんなそこらの赤い石ころから、本当に鉄が……」


「ですから、言ったでしょう。ここは、宝の山だって」


私の言葉に、ギュンターさんはごくりと大きく喉を鳴らした。

彼の私を見る目が、また一段と変わったのが分かった。

尊敬に似た真剣な感情が、その瞳にはっきりと宿っていた。


それからの私たちは、休む間もなく働いた。

ギュンターさんが、その怪力で赤鉄鉱を岩山から切り出す。

私が、それを細かく砕いていく。

それと同時に、大量の木炭も休むことなく作り続けた。


そしてついに、高炉に火を入れる運命の日がやってきた。

炉の底に木炭をしきつめ、火をつける。

そしてその上から、砕いた鉄鉱石と木炭を交互の層になるように入れた。

慎重に、ゆっくりと投入していく。

準備は、万全だった。


「ギュンターさん、お願いします」


「おう」


ギュンターさんが、巨大なふいごの取っ手を固く握る。

そして、力強く押し引きを始めた。

炉の横に取り付けた口から、ごう、と地響きのような音がする。

空気が、勢いよく送り込まれているのだ。

炉の中の木炭は勢いよく燃え上がり、温度が急に上がっていく。

その様子が、私の『目』にははっきりと見えた。


炉の中では、炭が燃えて一酸化炭素が生まれる。

この一酸化炭素が、鉄鉱石から酸素を奪うのだ。

酸化鉄は、一酸化炭素によって効率よく酸素を奪われる。

そして、純粋な鉄へと変わっていく。

同時に、鉱石に含まれるわずかな不純物も取り除く。

あらかじめ混ぜておいた石灰石が、スラグとして分離させてくれるのだ。


炉はまるで生き物のように、地鳴りのような音を立てて燃えている。

そのすさまじい熱気と音に、ギュンターさんの額には玉のような汗が浮かんでいた。

しかし、彼の表情は真剣そのものだ。


数時間が過ぎただろうか、炉の中の温度は千五百度を超えた。

鉄が溶ける温度だ。

鉄は溶けて液体となり、自らの重みで炉の底へ流れていく。

不純物からなるスラグは、鉄よりも軽い。

だから、溶けた鉄の上に浮かび上がる。


「……そろそろです」


私は、炉の一番下にある出口をふさいだ粘土の栓を突いた。

長い鉄の棒で、力いっぱい突き崩す。

その瞬間だった。


ごおおおおっ。


世界が白く染まるほどの、まぶしい光があふれ出た。

それは、灼熱の流れとなってあふれてくる。

太陽のかけらみたいに、オレンジ色に輝く溶けた鉄だ。

それはまるで黄金の竜のように、地面の型へと流れ込んでいく。

ものすごい音を立てながら、鋳型へと注がれていった。


「おお……おおおお……」


ギュンターさんは、その神々しい光景を前にしてただ立ち尽くしていた。

その瞳は、キラキラと輝いている。

生まれて初めて奇跡を見た子供のようだった。

鍛冶屋として長年、鉄と生きてきた彼にとって、この光景は衝撃的だろう。

私にも、その気持ちが痛いほど想像できた。

これは、ただの製鉄ではない。

この世界の常識を、根本から覆す革命の瞬間なのだから。


流れ出た溶けた鉄は、私たちが用意した鋳型へと次々に注がれる。

そして、様々な形になっていった。

金槌の頭、斧の刃、くわの先、そして生活に必要な釘。

基本的な、道具の形だ。

今までは、王都から運ばれてくる高価な鉄製品を使うしかなかった。

修理しながら、だましだまし使っていたのだ。

だがこれからは、自分たちで必要なものを必要なだけ作れる。


溶けた鉄が全て流れ出た後、次にスラグが出てくる。

粘り気のある、スラグが排出された。

これも冷え固まれば、建築用の優れた材料として利用できる。

この作業に、捨てるところなど何一つない。


「……やった……やったぞ、嬢ちゃん。本当に……本当に鉄ができた」


我に返ったギュンターさんは、子供のようにはしゃいだ。

そして、私の肩を力強くつかむ。

その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいるのが見えた。


「ありがとうございます、ギュンターさん。あなたがいなければ、絶対にできませんでした」


「馬鹿野郎。礼を言うのは、こっちの方だ。俺は、ただあんたの言う通りに体を動かしただけじゃねえか」


私たちは、顔を見合わせて笑い合った。

人種も身分も、年齢も違う二人だった。

だがこの瞬間、私たちの間には確かな絆が生まれていた。

どんな鉄よりも、硬い絆だ。


冷え固まった鉄製品を、鋳型から取り出す。

手に取った金槌は、ずしりと重かった。

私の『目』で見ても、とても質の良い鋼だった。

炭素の量が、適切にコントロールされている。

これなら、どんな過酷な作業にも十分に耐えられるだろう。


その日の夕方、村の人たちが様子を見にやってきた。

私たちの高炉の噂を、聞きつけたのだろう。

おそるおそる、こちらに近づいてくる。

集団の中には、村長らしき威厳のある老人もいた。

彼らは遠巻きに私たちと、できたばかりの鉄製品の山を眺めている。

その顔には、好奇心と恐怖が混じっていた。

そして、少しの期待も見えるようだった。


「おい、ギュンター。あれは、一体……」


村長が、かすれた声でギュンターさんに尋ねる。

ギュンターさんは胸を張り、これ以上ないほど誇らしげに答えた。


「見ての通りだ。俺たちと、リディア嬢ちゃんで作った新しい鉄だ」


リディア嬢ちゃん、という親しげな呼び方。

私は、少し頬が緩むのを感じた。


村人たちは、すぐには信じられないという顔をしている。

それもそうだろう、昨日まで泥遊びをしていたような小娘がいた。

その娘が、一日で鉄の山を築き上げたのだから。

彼らにとっては、聖女が起こす奇跡よりも信じがたい出来事かもしれない。


私は彼らに何も言わず、静かに次の作業の準備を始めた。

私の目標は、あくまで安定した生活だ。

そのためには、まだまだやるべきことがたくさんあった。

鉄の次は、衛生環境の改善だ。

つまり、『石鹸』作りである。


私は、先日わなで捕らえた小動物の脂肪を大きな鍋で煮詰めていた。

同時に、暖炉の木灰を水に溶かす。


その上澄み液を煮詰めて、水酸化カリウムの濃い液を作っている。

油脂とアルカリ、石鹸作りに必要な材料はもう全てそろっていた。

大きな鍋の中で、二つの液体をゆっくりとかき混ぜ始める。


丁寧に、時間をかけて混ぜていく。

最初は分かれていた液体が、徐々に混じり合ってとろりとした白い液体に変わる。

このままゆっくり加熱を続ければ、やがて石鹸とグリセリンに分かれるはずだ。


村人たちが、ざわざわと何かを話している声が遠くに聞こえる。

彼らは私がまた何か、得体の知れないことを始めたと思っているのだろう。

そのいぶかしげな視線を感じながら、私は黙々と鍋をかき混ぜ続けていた。

鼻を突く、独特の石鹸のにおいが辺りに立ち上ってくる。

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