第13話
私たちが生み出した魔法の石、コンクリートの登場は、ヴァイスランドの村に熱狂をもたらした。
村人たちと元騎士団の男たちは、今や労働力としてすっかり定着し、一つの目標に向かって心を一つにしていた。
それは世界で一番頑丈な、美しい学び舎の建設である。
この事業は自分たちの手で未来を築く、聖なる仕事のようだった。
「よしお前ら、今日のコンクリートは昨日より練り具合がいいぞ。リディア先生の指示通り、砂と砂利の割合をきっちり守ったからな!」
現場監督がすっかり様になったギュンターさんが、太い声を張り上げる。
彼の周りでは上半身裸の元騎士たちが、汗だくでコンクリートを練っていた。
彼らの使うシャベルや鍬は、もちろんギュンターさんが鍛え直した特別な品だ。
鋼の刃が重いセメントのペーストを、効率よく混ぜていく。
「くっ、ギュンター殿、この作業は剣の素振りより腰に来るぞ!」
「泣き言を言うな。これも偉大なリディア先生の教えを受けるためだ、そう思えば何の苦でもないだろう!」
騎士の中には、すっかり私を崇拝する者も出始めていた。
あの日の爆薬の恐怖が、一種の尊敬の念に変わった結果だろう。
人間とは、現金な生き物である。
私は彼らが作業する様子を眺め、手元の設計図と見比べていた。
校舎の基礎工事は、とても順調に進んでいる。
地面を深く掘って、鉄の棒を格子状に組んだ「鉄筋」を置く。
そこにコンクリートを流し込むと、驚くほど強い構造体が生まれるのだ。
引っ張る力に強い鉄と、押される力に強いコンクリートが、互いの長所を補い合う。
これが「鉄筋コンクリート」だ。
この世界の建築技術は、まだ石と木材が中心である。
鉄筋コンクリートという考えは、もちろん存在しない。
この校舎が完成すれば、それはこの世界の建築の歴史で、大きな革命の第一歩となるだろう。
「リディア先生」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り返ると騎士団長のアルブレヒトが、そこにいた。
彼も他の騎士と同じように汗と泥にまみれていたが、その瞳だけは知的な光を失っていない。
「基礎の鉄筋の配置は、これでよろしいでしょうか。先生の図面通り、少しのずれもなく組んだつもりです」
彼が指し示す先では、騎士たちが組んだ鉄筋が、まるで芸術品のようにきちんと並んでいた。
彼らの真面目さと命令への忠実さは、こういう細かい作業で、最大限に発揮されるらしい。
「ええ、完璧です。素晴らしい仕事ぶりですね、アルブレヒト」
私の褒め言葉に、彼は少しだけ誇らしそうな顔をした。
かつて剣の腕を褒められるのとは、また違う種類の喜びを、彼は感じているのかもしれない。
「恐縮です。ですが先生、一つ疑問があります」
「なぜ、このように鉄の棒を組み込む必要があるのですか。先日見せていただいたコンクリートの塊は、それだけでも岩のように硬かったはずですが」
彼の質問は、核心をついていた。
彼はただの労働力として使われるだけでなく、作業の意味や原理を、理解しようと努力している。
その姿勢が彼を他の騎士とは違う、特別な存在にしていた。
「いい質問ですね、アルブレヒト」
私は子供に教えるように、ゆっくりと説明を始めた。
「コンクリートは上から押される力、つまり『圧縮』にはとても強い。ですが横から引っ張られる力、『張力』には、比較的弱い性質があるのです」
「地震や強い風が吹いた時、建物にはその『張力』がかかります。その力で、コンクリートにひびが入るかもしれません」
「なるほど……」
「一方、鉄はその逆です。圧縮には弱く曲がりやすいですが、引っ張る力にはとても強いのです」
「つまりこの二つを組み合わせると、互いの弱点を消し合い、あらゆる方向の力に、完璧な強度を持つ建材が生まれます。これが、鉄筋コンクリートの基本原理ですよ」
私の説明に、アルブレヒトは深く息を呑んだ。
彼の頭の中で物質の特性という新しい考えが、一つの知識として組み上がっていくのが分かった。
「……すごい。まさに、適材適所というものですね。物質の理を完全に理解しなければ、到底たどり着けない考えだ」
「我々が学んだ魔法学は、ただ強いマナをどう放つか、という点だけを考えていました。ですが先生の『科学』は、世界のあらゆるものの性質を解き明かし、それを最適に組み合わせていく……。なんという、細やかで広大な学問なのだ」
彼は、心から感心した様子で呟いた。
その瞳は新しい世界の夜明けを見つめる預言者のように、遠くを見ている。
彼の中でアークライト王国の価値観は、もう完全に崩れ去っていた。
そしてその瓦礫の中から、科学という新しい思想の芽が、力強く芽生えようとしている。
「さあ、感心している暇はありませんよ。コンクリートを流し込みます、今日の作業で基礎部分を全て完成させましょう!」
「はっ。承知しました!」
アルブレヒトは騎士らしい鋭い動きで向き直り、部下たちに指示を飛ばし始めた。
その号令には、もはや何の迷いもない。
彼はこの村の建設という新しい任務に、騎士としての誇りを見出し始めていた。
村人たちと騎士たちが、一列になってバケツリレーを始める。
練り上げられたばかりのコンクリートが、次々と鉄筋の型枠の中へ流し込まれていく。
それはまるで新しい時代の土台に、命が注がれていくような、おごそかな光景だった。
私はその光景を満足そうに眺め、次の計画に考えを巡らせていた。
校舎の壁と屋根は、この鉄筋コンクリートで作る。
だが、窓はどうしようか。
この世界では窓にはめ込む透明な板、つまりガラスは、とても高価な贅沢品だ。
王城や、大聖堂でしか見ることのできないものである。
もちろん、そんなものを買うお金などない。
なければ、どうするか。
答えは、いつも同じだ。
作ればいい。
ガラスの主な原料は、珪砂である。
つまり石英の粒であり、ただの砂だ。
幸いこの村の小川の底には、純度の高い珪砂が大量にたまっている。
あとはソーダ灰と石灰石を混ぜ、高温で溶かせば、ごく普通のガラスが完成するはずだ。
問題は、またしても高温だった。
ガラスを溶かすには鉄が溶ける温度よりさらに高い、千五百度以上の温度が必要になる。
セメントを作った回転する窯を、さらに改良する必要があった。
燃料も、木炭だけでは火力が足りないかもしれない。
この辺りの地面を調査した時、地中深くに黒い石の層があるのを見つけていた。
私の『目』によれば、それは高純度の炭素の塊。
前の世界で『石炭』と呼ばれた、強力な化石燃料だ。
あれを掘り出すことができれば、火力問題は一気に解決するだろう。
「……リディア先生。何か、また面白いことをお考えのようですね」
いつの間にか隣に来ていたアルブレヒトが、私の顔を覗き込んで言った。
彼は私の表情だけで、考えを読み取れるようになってきたらしい。
なかなかに、鋭い男だ。
「ええ、少しだけ」
「校舎に、大きくて綺麗な窓を取り付けたいと思いまして」
「窓、ですか。しかし、ガラスは高価なものですが……」
「ですから、作るんですよ。この村の、ただの砂からね」
私のその言葉に、アルブレデヒトはもう驚きもしなかった。
彼は諦めたように、しかしどこか楽しそうに肩をすくめる。
「……承知しました。次は、砂から宝石でもお作りになるのでしょう。我々は何をすればよろしいですか?」
「まずは、新しい窯の設計からですね。それと、少し危険な鉱山の掘削作業も必要になります」
「あなたたちの鍛え上げられた肉体が、また活躍することになりそうですよ」
私がいたずらっぽく笑うと、アルブレヒトは覚悟を決めたように、しかし力強く頷いた。
彼の頼もしい姿を見ていると、私の胸に温かい感情が込み上げてくる。
信頼。
この世界に来て私が初めて手に入れた、何にも代えがたい宝物だった。
基礎工事は、その日の夕方には無事に完了した。
広い土地に灰色のコンクリートの土台が、どっしりと大地に根を張っている。
それは、まだ建物の形にはなっていない。
だがそこには、無限の可能性を秘めた、未来の設計図が確かに描かれていた。
村人たちは完成した基礎を囲み、小さな宴会を開いていた。
採れたての野菜を煮込んだスープと、焼きたての黒パン。
質素な食事だが、皆の顔は達成感と喜びに満ちている。
騎士たちも村人たちの輪の中に、ごく自然に溶け込んでいた。
身分や生まれは、ここでは何の意味も持たない。
誰もがこの村の未来を築く、大切な仲間なのだ。
私はその輪から少し離れた場所で、夜空を見上げていた。
満天の星が、まるで私たちの未来を祝うかのように、きらきらと輝いている。
あの息苦しかった王都での日々が、もう遠い昔のことのようだ。
私を追い出したジークフリード王子や、偽物の聖女エリアーデは、今頃どうしているだろうか。
原因不明の社会基盤の崩壊に、頭を悩ませている頃だろうか。
彼らが自分たちの愚かな判断に気づいても、私はもう彼らの元へ戻るつもりはない。
私の居場所は、私の知識を信じ、私を必要としてくれる人々がいるこの村なのだ。
私はこれから始まるガラス作りのことを考え、夜空に浮かぶ月を見つめていた。
それはまるでこれから作り出す溶けたガラスのように、白く美しく輝いていた。




