黎明の新撰組 早春の壬生狂言
春先――とは名ばかりの京。
底冷えの気配はいまだ抜けきらぬというのに、今日の屯所には、どこか浮き立つ空気が漂っていた。
「沖田ぁ。今日は壬生寺で節分会ってのをやってるらしいぜ。
なんでも狂言が有名なんだと。稽古、ちょっと早抜けしてよ。壬生狂言、行こうぜ」
原田左之助が、いつになく軽い調子で声をかけてくる。
沖田総司は竹刀を肩に担いだまま、少し困ったように笑った。
「しーっ。そんな話、土方さんに見つかったら大変だよ」
「だから今のうちだって。両御所もいないみたいだしさ。今なら逃げ切れる」
「うーん……
じゃあ、ちょっとだけね。僕、今日は遅晩だし。その前に、ぱーっと行っちゃおうかな」
夕暮れの壬生寺。
境内には人が集まり、かがり火の匂いと、湿った土の気配が混じり合っている。
舞台の前には、町人も旅人も、子どもも大人も肩を寄せ合い、思い思いに腰を下ろしていた。
「……ずいぶん人が集まるもんだな」
「お、ちょうどいい時に来たみたいだな」
人混みの中に、見知った顔があった。
「おや。みぶろのにいさんたち、見学かい?」
新選組屯所の家主、八木家のご隠居である。
「はい。とても賑やかで……素晴らしいですね」
そうだろう、とご隠居さんは得意げに頷いた。
「今日は鬼が出るぞ。壬生寺の節分は、見逃せん」
「鬼ですかあ……鬼はちょっと勘弁かなあ」
沖田がそう言うと、ご隠居は声を立てて笑った。
「怖くなったら、こうして目を伏せりゃいい。
厄を払う日だからな、来ぬわけにはいかん。
地元のもんは、壬生さんのカンデンデン、て呼ぶんだよ」
そばにいた子どもが、
「カン、デン、デン!」
と太鼓を打つ真似をして、周囲がくすりと笑った。
「正式には壬生大念仏狂言って言ってな」
御隠居さんは、少しだけ背筋を伸ばす。
「鎌倉のころ、円覚上人が、融通念仏を広めるために始めた。
仏さまの教えを、難しい言葉じゃなく、動きで伝えるんだ」
人の多さ。ざわめき。向けられる視線。
原田は、自然と周囲を見渡してしまう。
――そのときだ。
少し離れた場所で、
羽織袴姿の近藤勇と土方歳三が、住職の前へ進み出て、丁寧に頭を下げるのが見えた。
住職はそれを、やわらかく包むように受け止める。
「よう来なさった」
その周囲で、
「……壬生浪士だ」
「新選組やて」
と、ひそひそ声が波のように広がった。
ひゅう、と背中が強張るのを感じる。
そのとき、隠居さんが ぽんと沖田の肩を叩いた。
「まあまあ。難しいことは、えらい人に任せときゃいい。
今日は楽しもう」
「カンデンデンだよ、カンデンデン」
ご隠居の孫、為三郎が、目を輝かせて舞台を見つめている。
「あっ、鬼ころんだー!」
鬼の面が、かがり火に照らされ、妖しく光った。
まだ何者でもない、新選組。
京は華やかで、そしてどこか、よそよそしい。
それでも――
ここで生きる。
そして、きちんと仕事をする。
そう心に刻みながら、
原田左之助と沖田総司は、鬼の舞う舞台を見つめていた




