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新撰組 折々の記

黎明の新撰組 早春の壬生狂言

作者: 湯好き御幸
掲載日:2026/01/27

春先――とは名ばかりの京。

底冷えの気配はいまだ抜けきらぬというのに、今日の屯所には、どこか浮き立つ空気が漂っていた。


「沖田ぁ。今日は壬生寺で節分会ってのをやってるらしいぜ。

なんでも狂言が有名なんだと。稽古、ちょっと早抜けしてよ。壬生狂言、行こうぜ」


原田左之助が、いつになく軽い調子で声をかけてくる。

沖田総司は竹刀を肩に担いだまま、少し困ったように笑った。


「しーっ。そんな話、土方さんに見つかったら大変だよ」


「だから今のうちだって。両御所もいないみたいだしさ。今なら逃げ切れる」


「うーん……

じゃあ、ちょっとだけね。僕、今日は遅晩だし。その前に、ぱーっと行っちゃおうかな」




夕暮れの壬生寺。

境内には人が集まり、かがり火の匂いと、湿った土の気配が混じり合っている。

舞台の前には、町人も旅人も、子どもも大人も肩を寄せ合い、思い思いに腰を下ろしていた。


「……ずいぶん人が集まるもんだな」


「お、ちょうどいい時に来たみたいだな」


人混みの中に、見知った顔があった。


「おや。みぶろのにいさんたち、見学かい?」


新選組屯所の家主、八木家のご隠居である。


「はい。とても賑やかで……素晴らしいですね」


そうだろう、とご隠居さんは得意げに頷いた。


「今日は鬼が出るぞ。壬生寺の節分は、見逃せん」


「鬼ですかあ……鬼はちょっと勘弁かなあ」


沖田がそう言うと、ご隠居は声を立てて笑った。


「怖くなったら、こうして目を伏せりゃいい。

厄を払う日だからな、来ぬわけにはいかん。

地元のもんは、壬生さんのカンデンデン、て呼ぶんだよ」


そばにいた子どもが、

「カン、デン、デン!」

と太鼓を打つ真似をして、周囲がくすりと笑った。


「正式には壬生大念仏狂言って言ってな」


御隠居さんは、少しだけ背筋を伸ばす。


「鎌倉のころ、円覚上人が、融通念仏を広めるために始めた。

仏さまの教えを、難しい言葉じゃなく、動きで伝えるんだ」


人の多さ。ざわめき。向けられる視線。

原田は、自然と周囲を見渡してしまう。


――そのときだ。


少し離れた場所で、

羽織袴姿の近藤勇と土方歳三が、住職の前へ進み出て、丁寧に頭を下げるのが見えた。

住職はそれを、やわらかく包むように受け止める。


「よう来なさった」


その周囲で、

「……壬生浪士だ」

「新選組やて」

と、ひそひそ声が波のように広がった。


ひゅう、と背中が強張るのを感じる。


そのとき、隠居さんが ぽんと沖田の肩を叩いた。


「まあまあ。難しいことは、えらい人に任せときゃいい。

今日は楽しもう」


「カンデンデンだよ、カンデンデン」


ご隠居の孫、為三郎が、目を輝かせて舞台を見つめている。


「あっ、鬼ころんだー!」


鬼の面が、かがり火に照らされ、妖しく光った。




まだ何者でもない、新選組。

京は華やかで、そしてどこか、よそよそしい。


それでも――

ここで生きる。

そして、きちんと仕事をする。


そう心に刻みながら、

原田左之助と沖田総司は、鬼の舞う舞台を見つめていた

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