火がついた瞬間
雨は止んだが、空はまだ灰色だった。
てんたは家に帰らず、街のネットカフェにこもった。
古いパソコンで、嶺の名前を検索する。
「愛空嶺」
ヒットしたのは、少ない記事と噂の断片。
「天使処理班」――戦場で尊い命を無慈悲に刈り取った、兵器だった男。
「彼がいるだけで、敵は震えて降伏した」
「でも、味方も恐れた」
画面に映る嶺の写真は、軍服姿。冷たい目。
今のカフェで見た目と同じ、でももっと遠い。
てんたは画面に指を這わせた。
この人は、俺よりずっと孤独だ。
だから、必要とされたら、拒否できないんだ。
俺はそれを、利用できる。
次の日、てんたは嶺の住む街の端を探した。
古いアパートの前に立つ。嶺はここにいる。夕暮れ、嶺が帰ってきた。
てんたは路地から出て、明るい声で呼んだ。
「やっほー! また会いましたね!」
嶺は足を止めた。
表情は変わらないが、目がわずかに細まる。
「……なぜここにいる?」
てんたは笑った。愛嬌のある微笑み。
「探したんですよ。天使処理班!ネットで調べちゃいました。すごいですね、敵を全部倒しちゃうなんて!俺、憧れちゃうなぁ」
嶺の声が低くなる。
「何の用だ?」
てんたは一歩近づいた。
雨の残り香が、二人を包む。
「必要としますよ。
だって、あなたがいれば、俺はこの灰色を壊せる。家族の影も、暴力も、全部……恐れさせて、寄ってこさせて、でも近づかせない。あなたみたいに。」
嶺はてんたの腕を掴んだ。
強く、でも痛くない。
「俺は殺すだけだ。
生きるための道具じゃない。
お前は……死にたがっているくせに、何を望む?」
てんたの目が揺れた。
「生きる意味が欲しい。あなたが必要なんです。俺を……使ってください。俺も、あなたを使います。それでいい。
信頼なんて、いらない。
ただ、恐ろしい人間になりたいだけ。」
嶺は手を離した。
背を向ける。
「危険だ。俺に近づくな。」
必要とされたら、応じる。それが、嶺の呪い。そして、てんたの希望。
てんたは心の中で呟いた。
これで、始まる。僕たちの、いや、僕だけの伝説が。




