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 朝の陽光が、帝都探索学園のアリーナを黄金に染めていた。

 準決勝――“クラッシャー vs 疾風”。

 その文字が掲示板に映し出されるたび、校内は歓声に包まれる。

 《この試合、絶対ヤバい》《一年同士でここまで来るとか前代未聞だろ》《どっちが勝っても伝説》


 控室では、悠真が無言で拳にテープを巻いていた。

 汗ではなく、集中で手のひらが熱を帯びている。

 (……黒瀬の風断。一撃の精度が異常なんだよな)

 脳裏に、過去の任務で見た切断の軌跡が浮かぶ。

 見えないはずの風が形を持ち、世界を削っていた。

 控室のドアが軽く開く。凛が顔をのぞかせた。

「あなた、黒瀬とは仲がいいけど……全力で戦ってあげて。」

「もちろん。アイツも本気で来る」

「……そうね」

 凛はその目を細めて頷き、扉を静かに閉めた。

 残った静寂の中、悠真はゆっくりと息を吐く。

 拳を見つめながら――友を倒す覚悟を、確かに宿す。


 リング中央。

 風が吹き、黒瀬蓮が立っていた。

 その目は澄んで、静かに燃えている。

「俺はお前と戦うために、ここまでやってきた」

「俺も、全力で行かせてもらう」


 アナウンスが鳴り響く。

 《準決勝第二試合――相原悠真 vs 黒瀬蓮、開始!》

 開始の合図と同時に、黒瀬が動いた。

「――展開、《風断》!」

 空気が震え、無数の風刃が生まれる。

 リング全体が、見えない刃で覆われた。

 悠真が踏み出すたびに、その足元で空気が切り裂かれる。

 拳を突き出した瞬間、風が弾け、皮膚に細い跡が走った。

「……速ぇな」

「当たり前だ。お前の拳が届く前に、空気ごと斬る」

 刃と拳――どちらも触れずに衝突する。

 振動がアリーナ全体に響き、観客が息を呑む。

 黒瀬が掌を広げると、風が重なり合った。

「《風位重奏アンサンブル》」

 音もなく、層が重なる。数十層の風が壁を作り、衝撃波を飲み込む。

《リングが見えない!?》《風だけで防いでるぞ!?》

 観客席がざわつく中、悠真が一歩踏み出した。

 その一歩で、地面がわずかに沈む。

 風の層が揺らぎ、波紋が広がった。

「……やっぱり、楽しいな。お前とやるの」

「こっちもだ。けど――止まれない」

 悠真の足元に、細い亀裂が走る。

 衝撃ではない。ただの圧で、地が沈んでいた。

 黒瀬が一気に跳ぶ。

 風が渦を巻き、中心へと収束していく。

「――《風断・終界ラストコード》!」

 空気の層が一点に折り重なり、絶対断層が形成される。

 そこに踏み込めば、どんな攻撃も原子単位で分解される――はずだった。

 悠真が拳を構える。

 (黒瀬の風――俺の拳――どっちが先に世界に届くか)

 光が閃く。

 瞬間、観測カメラがノイズに沈み、世界が静止する。

 風が逆流し、黒瀬の髪を吹き上げた。

 ――次の瞬間、風が消えた。

 黒瀬の目が見開かれる。

 悠真の拳が、胸元で止まっていた。

 空気が爆ぜ、遅れて風が駆け抜ける。


「……止めるなんて、やっぱ、無理だったな」

 黒瀬が笑う。

「……いや、止まった。ちゃんと届いたよ」

 悠真の拳がゆっくり下ろされる。

 審判「勝者――相原悠真!」

 観客席が爆発するような歓声に包まれた。

 黒瀬は拳を突き出す。

「ありがとう。最高だった」

 悠真も拳を返す。


「……次で、終わりか」

 拳が触れた瞬間、風が再び吹いた。

 それは戦いの終わりを告げるように、静かで温かかった。

 夜。

 学園研究棟。篠原が黒瀬の戦闘記録を見つめていた。

「……もう、この段階で“人類基準”の外だな」

 モニターには、衝撃波が記録不能となったデータラインが点滅している。

 屋上。

 悠真は夜風に髪を揺らし、静かに空を見上げた。

 次の対戦表――

 《決勝 相原悠真 vs アシュベル・フォン・アイゼンリヒト》



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