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帝都探索学園の中庭は、まだ昼の熱気を引きずっていた。
モニターには黒瀬と神谷の試合映像がループ再生され、生徒たちが盛り上がっている。
《何回見ても速すぎて見えねぇ!》《次は黒瀬 vs クラッシャーだって!》
そのざわめきを背に、悠真は屋台で買った焼きそばを片手にベンチへ腰を下ろした。
風が涼しい。
照り返しの残る空が、ゆっくりと暗く変わっていく。
「……戦ってばかりだな」
小さく漏れた言葉に、隣の自販機が音を立てた。
振り向くと、缶コーヒーを手にした凛が立っている。
「あなた、試合の後いつもぼーっとしてるのね」
「……慣れてなくてさ。こういう注目されることに」
悠真が笑うと、凛も肩をすくめる。
「注目されるのは悪いことじゃないわ。
でも――無理だけはだめよ。」
「...そうだな。」
同じ頃、屋上では黒瀬と神谷、外村が風に当たっていた。
オレンジ色の光が金属の手すりを染める。
「いい風だな」
「あぁ。お前の風よりマシだ」
「おい!」
外村が笑いながらスマホを構える。
「SNSじゃ鋼壁 vs 疾風がトレンド一位だぞ。
でも次はクラッシャー vs 疾風だ。やべぇ組み合わせだな」
神谷は空を見上げる。
「……悠真と戦うなら覚悟しとけよ。あいつ、人の速度じゃねぇ」
黒瀬は少しだけ目を細めて、風に髪をなびかせた。
「知ってるさ。でも、それでも勝ちたいんだ。
――あいつが越えられない風でありたいから」
その横顔に、外村も神谷も何も言えなかった。
夜。
悠真は学園の外れを歩いていた。
屋台の明かり、子どもたちの笑い声、漂う香ばしい匂い。
ついこの前まで、こういう風景の中に自分がいた気がする。
ふと空を見上げると、薄い雷雲がゆっくり流れていた。
(明日は――黒瀬か)
風が頬を撫で、夜の灯りが滲む。
その光の中で、彼の瞳だけが静かに光っていた。
同時刻、凛は寮の部屋でノートにデータを書き込んでいた。
試合の波形、反応速度、結界の挙動。
ページの隅に書かれた一文を、彼女は指でなぞる。
Eランク《身体能力上昇》
凛は小さく息を吐いた。
「……Eランクって、なんだったんだろうね」
ライトに照らされた彼女の瞳が、かすかに揺れる。




