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控室の扉が開くと、ざわめきが止んだ。
汗ひとつかいていない悠真が入ってくる。
その顔を見て、黒瀬が呆れたように笑った。
「お前、また無傷かよ!」
「次は人間かどうか議論がトレンド入りだな、マジで」
「いや、もう議論終わってるだろ」
神谷が苦笑いを浮かべた。
凛は腕を組んで、小さく息をつく。
「……十支族を正面から粉砕したのは、学園始まって以来ね」
悠真はタオルで髪を拭きながら、少しだけ微笑んだ。
「全力で戦ってくれた。リーメイは強かったよ」
その言葉に一瞬の沈黙が生まれる。
外村が「だよな」と曖昧に頷き、空気がようやく緩んだ。
笑い声が少しだけ戻る――けれど、どこか現実感がなかった。
モニターの中で流れるスローモーションの拳の軌跡。
誰もがそれを理解できない映像として見つめていた。
凛だけが静かにその場を離れ、廊下の窓から外を見上げる。
夕焼けが夜に変わる。
(……もう、誰も悠真の領域には届かないのかもしれない)
夜。
学園ロビーの大型スクリーンが光を放ち、ニュース速報が流れる。
> 『帝都探索学園ランキング戦 準々決勝結果速報』
> 『中国十支族・フォン家のリーメイ敗北』
> 『一年・相原悠真、五戦連続無傷勝利』
観客の声とコメントが同時に溢れ出す。
> 《まじかよ、十支族がやられたの!?》
> 《防御も振動も通らないとか意味わからん》
> 《これは“クラッシャー”じゃなくて“クラッシャー・オブ・ワールド”》
ニュース番組では専門家たちが騒ぎ立てていた。
> 『異能の進化段階が違う』
> 『もはや人類域外』
> 『新たな進化現象か?!』
画面に映る悠真の顔。
穏やかに笑っているだけなのに、どこか人間離れして見えた。
同じ頃、学園研究棟の夜。
篠原が無言でデータを見つめていた。
「……結界反応、またゼロか」
研究員が頷く。「三戦連続です。もう偶然ではありません」
「反応しない――つまり、結界がどんな事象も彼にとって脅威ではないと判定している」
同僚が小さく息をのむ。
「……理解不能だな」
篠原は静かに笑った。
「結界が守ってるのは、あいつじゃない。
――あいつから世界を守ってるのかもしれないな」
夜風が窓を揺らす。
悠真は風に吹かれながら、街の光を見下ろしていた。
下では生徒たちがスマホを掲げ、歓声を上げている。
> 「十支族倒したってマジ!?」
> 「クラッシャー、もう人類じゃない説w」
悠真はその喧騒を遠くに聞きながら、夜空を見上げた。
(…こんな、強いだなんて少し前は思わなかったし、考えられなかった。
でも、俺は行けるところまで行く)
悠真は小さく息を吐き、呟いた。
「――次は、黒瀬か、神谷か、アシュベルか。」




