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ランキング戦、4日目の朝。
帝都探索学園のアリーナは、相変わらず熱気に包まれていた。
観客席では《クラッシャー無傷伝説》の映像が繰り返し流れ、観客の話題はそれ一色だ。
――能力はEランクのはずなのに、炎も雷も効かない。
その“異常”を、誰もが忘れられなかった。
「なぁ、見た?あれマジで無傷だったよな?」
「身体能力上昇であの速度に対応して反撃してるのやべえだろw」
ざわつく声を背に、悠真は観客席の後ろに腰を下ろしていた。
今日は休戦日。自分の試合は明日だ。
隣ではリーメイがポップコーンを抱え、無邪気に笑う。
「今日は他の人の試合見るだけネ!悠真も気が楽ネ」
「……見てる方が緊張するかもな」
凛がタブレットを操作しながら言う。
「今日の注目カード、黒瀬くんと神谷くんね。」
悠真は小さく笑った。
「……二人とも努力家だからな。負けないだろう」
実況の声が響く。
「それでは――本日の第一試合! 一年《風刃操作》、黒瀬蓮!」
場内が一斉にざわめいた。
フィールドに立つ黒瀬は、いつものように無駄のない構え。
相手は上級生、炎操作の能力者。腕から迸る火が地面を舐める。
「燃やし尽くしてやるよ、下級生」
「俺の風、燃やせるもんなら燃やしてみろ」
審判の合図。
「開始!」
瞬間、炎が弾けた。
熱波がリングを覆い、観客が思わず目を覆う。
その中で、黒瀬が一歩踏み込む。
――スッ。
空気が裂けた。
炎が左右に割れ、風圧が弧を描く。
火の奔流が途切れたかと思うと、炎の中を抜ける影。
「《風刃連鎖・バースト》!」
連続する斬撃音。
炎が断層ごと切り裂かれ、風の刃が相手を吹き飛ばす。
爆風。閃光。
観客席がどよめいた。
《うおおお!?》《炎が切れた!?》《黒瀬くん速すぎ!》
黒瀬は汗一つかかず、淡々と呟く。
「……燃える前に、終わらせる」
審判が旗を上げる。
「勝者、黒瀬蓮!」
歓声が響き渡る中、悠真は静かにその姿を見つめていた。
(……やっぱり、強いな。ちゃんと戦って、ちゃんと勝ってる)
凛が微笑む。
「理論派ね。風を“媒介”じゃなく、“刃”として扱えるのは稀少よ」
リーメイがにやりと笑う。
「ユーマと違って、“常識の範囲”で勝ってるアルね」
「……それ、褒めてないよな?」
観客席のざわめきがまだ収まらない中、次のアナウンスが響いた。
「第二試合――《鋼鉄硬化》神谷京介、入場!」
リング中央へと歩み出る神谷は、背筋を伸ばしたまま無駄のない動きで構える。
どこか落ち着いていて、派手さはない。
けれど、あの静けさを知っている者は理解していた――その男は、嵐の前の“静”だ。
実況が熱を帯びた声で叫ぶ。
「異常個体調査でも活躍していた“鉄壁の守り”! 一年とは思えない防御技術を誇る神谷京介!」
対するは三年の氷結操作使い。
冷気をまとい、リングの地面を白く凍らせながら歩く。
「相手が鋼なら、凍らせて砕くだけだ」
審判が手を上げた。
「――開始!」
瞬間、冷気が爆ぜた。
氷の槍が一斉に射出され、フィールド全体を覆う。
観客席が息を呑む。
だが、京介は動かない。
両腕を軽く構え、静かに一歩を踏み出した。
金属音が鳴る。
彼の肌が、鈍い鋼の輝きを帯びていた。
氷槍が直撃する――
砕けたのは、氷のほうだった。
「っ……!?」
氷使いが驚愕する。
氷の破片が散る中、京介の声が響く。
「守るだけが、鋼じゃねぇ。殴るためにもあるんだ」
瞬間、地面を踏み抜くように加速。
拳が閃き、氷結の壁を粉砕。
反撃の衝撃波が空気を震わせ、対戦相手が吹き飛ぶ。
観客席が爆発したように湧いた。
《うおおお!?》《鉄拳で氷砕いた!》《まじで動く要塞!》
リーメイが手を叩く。
「京介、やっぱり頼もしいネ!」
「あれ見たら、誰だって守られてる気になるよな」
悠真も頷いた。
「……ほんとだ。あの時と同じだな」
「守りも強いけど、やっぱりあの体術は攻防一体って感じがして見飽きないわね。」
審判が手を上げる。
「勝者――神谷京介!」
京介は深く息を吐き、拳を下ろした。
観客席へ視線を向けると、そこには悠真たち。
ほんの少しだけ、笑みを浮かべて手を挙げる。
悠真も立ち上がり、軽く手を振り返した。
試合が終わると同時に、アリーナは歓声に包まれた。
スクリーンには神谷京介と黒瀬蓮、二人の勝ち上がりを示すトーナメント表が映し出される。
そこには、悠真の名前もまだ残っている。
だが彼だけは、別の意味で注目を集めていた。
“無傷の一年生”――それが、観客たちの記憶に刻まれていたからだ。
「これで二人とも三回戦進出ね」
凛がタブレットを閉じながら微笑む。
「さすが、私たちのチームメンバー。」
「ま、当然アル!」リーメイが胸を張る。
「この前の異常個体のときだって、全員で生きて帰ってきたんだから!」
「みんなの期待、裏切らないでよ?」
「……それ、プレッシャー強すぎだろ。」
笑い声が響く中、放送が鳴った。
「これにてランキング戦4日目、全試合終了です!まだまだトーナメント戦は続きます!明日もよろしくお願いします!」
観客が帰り始め、夕暮れの光が差し込む。
悠真は深く息を吸い、視線をリングに向ける。
二人の残した“熱”は、まだ残っていた。
「――負けられないな。」




