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翌朝の教室は、昨日に引き続きダンジョンの話題で盛り上がっていた。
「お前、昨日の放課後行ったか?」
「いや、まだ。週末にみんなで潜ろうって話してる」
「俺、回復ポーション買っとくわ」
「じゃあ俺は軽食だな。上層の安全エリアに売店があるらしいし」
「へぇ、屋台みたいなの?なんかちょっと楽しそうじゃね」
「学生はそこで休憩してから帰るのが普通なんだってさ。泊まるのは上のランクの連中くらいだろ」
そんな会話が耳に飛び込んできて、思わず顔を上げた。
(……安全エリアに売店? ポーション? そんなのあるのか)
俺は昨日初めて潜ったばかりで、そんな仕組みがあるなんて知らなかった。
上層探索は命懸けってほどではないけど、それでも怪我はする。だから回復アイテムが必要で、食料や飲み物も売られている――らしい。
なるほど、と感心しつつも、会話は俺の知らない単語ばかりだ。
同じFランクから始まったはずなのに、みんなの方がずっと冒険者らしい。
「俺たちで四人パーティ組んで行こうぜ」
「いいな! スライムとゴブリン相手ならいけるっしょ」
盛り上がる男子たち。
けれど、その輪の中に俺の名前が出ることはなかった。
「……」
(まあ、昨日のS判定のせいだよな。誘いづらいって思ってんだろ)
胸に小さな寂しさが残る。
でも、俺には俺のやり方がある。昨日だって数千円の稼ぎがあった。
(今日もまた潜ってみるか。……お小遣いにはちょうどいいし)
そう決めて、放課後ギルドへ向かった。
昨日と同じように、受付で探索者カードを提示する。
「はい、Fランクですね。レンタル武器をお使いになりますか?」
「お願いします」
渡されたのは片手剣。昨日と同じ型だ。
特に何も言われない。俺が壊したことも気にされていないようだった。
(……よし、今日は壊さないぞ)
心の中で強く念じながら、剣を腰に下げる。
ダンジョンに入ると、また頭上に追尾カメラが浮かんだ。
「……配信、今日も勝手に始まるのか」
誰も見てないと分かっていても、カメラに撮られていると思うと少し落ち着かない。
ダンジョンの中は、昨日と変わらず薄暗くじめじめしている。
最初に出てきたのはスライムだった。
「よし……」
剣を構え、慎重に突き出す。
ぶしゅっと音を立てて崩れるスライム。
昨日よりもずっとスムーズだ。
(慣れてきたな)
さらに数体を倒し、核を回収して袋に入れる。
手際が良くなったのが自分でも分かった。
そして奥へ進むと、ゴブリンが姿を現した。
ぎらぎらとした目で棍棒を振り上げ、襲いかかってくる。
「……行くぞ!」
剣を強く握り、渾身の一撃を叩き込む。
――バキィンッ!!
「えっ!?」
衝撃とともに、剣が根元から粉々に砕け散った。
だが、その一撃でゴブリンは吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなる。
手に残ったのは爆ぜるように砕けた剣と、地面には吹き飛んだゴブリン。
「……また壊した……」
ふと視線を上げると、頭上のカメラが淡々とその様子を記録していた。
(これ……もし誰かに見られたら、絶対笑いものだよな)
幸い、上層配信なんてほとんど再生されない。そう自分に言い聞かせ、素材を袋にしまった。
ギルドに戻って窓口に素材を出す。
「スライム核三つ、ゴブリン耳一つで……合計三千六百円です」
「……三千六百円」
昨日と同じ額。
それでも封筒を受け取る手が少し震えていた。
「剣、壊してしまって……」
「レンタル武器の破損は新人免除範囲内ですから」
職員は淡々と答えた。
責められることはなかったが、胸の中の不安は消えない。
(俺、本当に……大丈夫なのか?)
布団に潜り込み、天井を見つめる。
財布には新しい稼ぎが加わった。
コンビニバイトより効率はいい。
でも。
「……また壊したんだよな」
自分の力の異常さを、嫌でも思い知らされた一日だった。