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新宿ダンジョン調査から一夜が明けた。
帝都探索学園の朝――いつもと同じはずの教室に足を踏み入れた瞬間、悠真は空気の違いを感じた。
「昨日の配信、見たぞ!」
「お前、マジでクラッシャーだったんだな」
「十支族と並んで戦うとか、やべぇだろ」
教室のあちこちから声が飛ぶ。称賛と冷やかしが入り混じった視線が、否応なく突き刺さる。
悠真は頬をかきながら、困ったように笑った。
「……お、おはよう」
その隣で、白鳥が小さく眉を寄せる。
「無茶はしないでよね。……心配したんだから」
真田が軽く肘でつついてきた。
「まぁ、昨日のはやばかったね。異常個体なんて見たことないよ。」
外村はケラケラ笑いながら「有名人になっちまったな〜」とおどけて見せる。
悠真は机に座り、息を整える。
(頼られるのは……悪くない。でも、やっぱり慣れないな)
午前の訓練。
模擬戦場に並んだ生徒たちの中で、篠原先生の視線が悠真に向く。
「相原。少しは自分の能力に慣れてきたか?昨日の動き、下層転移事故の時と比べると一目瞭然だ」
「は、はい!」
思わず背筋が伸びる。
数人の生徒から「クラッシャーも褒められてるぞ」と囁きが広がった。
模擬戦で軽く一人と手を合わせると、拳が掠っただけで相手が尻もちをつく。
「ま、またやっちまった……!」と慌てる悠真に、周囲はどっと笑った。
だがその笑いは、以前の揶揄ではなく――期待と羨望を帯びていた。
(力に振り回されない鮮やかな戦い。十支族はやはりレベルが違った。目指したい)
昼休み。
食堂の席に腰を下ろすと、真田や白鳥が隣に座ってきた。
「昨日の配信、すごかったな」
「ねぇ、全国で何万人も見てたんでしょ?」
「……お前、もうちょっと自覚持てよな」
周囲のテーブルからも、ちらちらと視線が送られる。
「クラッシャーだ」
「十支族と一緒に調査に行ったんだって」
ひそひそ声が耳に入るたび、悠真は背筋を正した。
白鳥がそっと微笑む。
「気にしなくていいよ。悠真くんは悠真くんだから」
その一言に空気が和らいだ。
午後――。
学園にギルド職員が到着し、教師や調査に行ったメンバーが会議室に呼び出された。
扉が閉まり、緊張に包まれた空気の中でギルド職員が口を開く。
「昨日の新宿ダンジョン調査で改めて異常個体の存在が確認された。しかし原因は依然不明。追加調査を行う必要がある」
職員は続けて言った。
「……そして。国外からの協力者が、急遽加わることになった」
誰もが顔を見合わせる。
その時、重厚な扉が開いた。
現れたのは――黒髪を高く結い、鋭さと気品を併せ持つ少女。
真っ直ぐな瞳で、明るい笑みを浮かべる。
「十支族の、フォン・リーメイ! 中国から来たネ。短い間かもだけど、よろしくヨ!」
元気いっぱいの声が会議室に響いた。
教師たちがざわめく。
「振動系の十支族か…どうしてここに?」
「何の連絡もなかったぞ」
アシュベルが口元を歪める。
「お前か。どうして日本に?」
リーメイは肩をすくめ、にこりと笑った。
「気になる人がいたから、ね」
凛が柔らかく笑みを返す。
「リーメイさん、久しぶりね。最後に会ったのは去年だったかしら」
黒瀬は腕を組んでつぶやく。
「強い奴ばっかりになってきたな……」
神谷は苦笑し、「盾役の出番、減りそうだな」と冗談を飛ばし、場を和ませた。
悠真は少し後ろに立ちながらも、ぎゅっと拳を握る。
(この人も十支族...!ダンジョン配信では見たことがない。どんな人なんだろう)
ギルド職員が宣言する。
「次の調査は“国際合同任務”として行う」
会議室が一斉にざわめき、緊張が走る。
その中で――リーメイが悠真と目を合わせた。
その瞳はまるで「あなたを見るために来たヨー」と語っているような。
悠真の胸に困惑が広がる。




