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翌朝。
学校に行くと、教室は昨日のギルド登録の話題で持ちきりだった。
「結局、全員Fランクからスタートなんだな」
「ま、そりゃそうだろ。いきなり上だったら危ねぇし」
「でもパーティ組めば上層くらいは余裕だろ!」
男子たちが集まっては、楽しそうに作戦を練っている。
「俺とお前とあいつで三人組もうぜ」「四人で行けば稼げるな!」
そんな声が飛び交う中――ふと俺の方へ視線が集まると、ひそひそ声が混じった。
「……でも相原って、S判定だろ?」
「同じFでも、能力Sとか……正直、誘いづらくね?」
「だよなぁ……」
その言葉が耳に入ってきて、思わず俯いた。
(俺だってFスタートなのに……結局、また浮いてる)
注目されているのは分かる。でも、それが距離を生んでしまっているのも分かってしまう。
「ねえ悠真くん」
女子が声をかけてきた。
「え、な、なに?」
「なんかさ、寝不足してそうなのに、全然肌荒れしないよね」
「あ、あはは……体質かな?」
心臓が跳ね上がったが、なんとか笑ってごまかす。
まさか【美肌】のスキルが効いてるなんて言えるわけがない。
周囲も特に深掘りせず、「羨ましいな〜」と軽口で流れてくれた。
(……危なかった)
放課後。
俺は一人で地元ギルドへ足を運んだ。今日は初めて「お小遣い稼ぎ」をしてみるつもりだ。
「おう! 昨日の新人じゃねえか!」
声をかけてきたのはCランク冒険者の大槻剛。
筋骨隆々の体格に豪快な笑み。昨日、素材を売っていた人だ。
「きょ、今日はちょっと潜ってみようかと」
「ははっ! いい心がけだ! だが帰ってくるのが一番大事だぞ。無理はすんな!」
背中をドンと叩かれ、緊張が少しだけ和らいだ。
初心者用ダンジョン。
昨日と同じ上層だけど、今日はレンタルの剣を手に持ち、正式に探索者として足を踏み入れる。
ダンジョンに入ると、頭上にふわりと光の粒が浮かんだ。
ギルド配信用の追尾カメラ――魔導石でできた監視装置だ。
ダンジョンに入った探索者は全員、自動でこのカメラに映し出される仕組みになっている。
「……ああ、これが配信か」
誰でも見られるらしいが、上層に潜る新人なんてほとんど再生されないと聞いている。
少しだけ緊張しながら、一歩を踏み出した。
薄暗い洞窟を進むと、ぐにゃりとした影――スライムが現れた。
剣を構え、恐る恐る突き出す。
――ズガンッ!
刃が突き刺さると同時に、スライムは四散。
だがそれだけじゃない。
俺の手にあったレンタルの剣が、根本からバキバキに砕け散った。
「……えっ?」
慌てて柄だけを握りしめたまま硬直する。
やばい、壊しちゃった――そう思った瞬間、別のゴブリンが飛び出してきた。
「うわっ!」
反射的に残った柄を振るう。
――ドガァッ!
その一撃だけで、ゴブリンは壁に叩きつけられ、動かなくなった。
足元には、完全に原型を失った剣の残骸。
(……絶対これ、俺の力がおかしい……!)
端末に目をやると、俺の探索記録の配信が保存されていた。
再生数は――「0」。
「……だよな」
慌てて素材だけ拾ってギルドに戻り、窓口へ。
「スライム核三つ、ゴブリン耳二つで……三千六百円だね」
「……三千六百円」
現金を手にした瞬間、胸がじんわり熱くなる。
たった数十分で、バイト数時間分。
(……本当に、小遣いになった)
喜びも束の間、壊れた剣のことを思い出して青ざめる。
「す、すみません! これ、壊しちゃって……!」
職員は苦笑して言った。
「あら、この剣ガタが来ていたのかしら?ごめんなさいね!大丈夫だった?...でも、こんな粉々に...?」
「は、はい!大丈夫でした。ありがとうございます。」
ほっと胸を撫で下ろした。
ついでに併設ショップを覗く。
剣や鎧が並んでいて、どれも輝いて見える。
「この鉄剣で三万二千円……」
「この革鎧は五万か……」
値札を見ただけで目眩がした。
今日の稼ぎ三千円台なんて、とてもじゃないが足りない。
(……しばらくはレンタルでいいや)
そう苦笑しながらショップを後にする。
帰り道、夕焼けに照らされながら封筒を握りしめた。
「……悪くないな」
冒険者ランクはFのまま。でも確かに一歩踏み出した気がした。
財布の中の三千六百円が、不思議と重みを与えてくれる。
その夜、鏡を覗き込むと――昨日よりさらに肌がつやつやしていた。
「……やっぱこれ、いらなくね?」
俺はまた布団の上で頭を抱えた。