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訓練場の喧騒を背に、悠真は控室へと足を運んだ。
椅子に腰を下ろし、大きく息を吐く。汗で濡れた髪が額に張り付き、鼓動はまだ速いままだ。
悠真は模擬戦を通じて心に変化が起きていた。
――勝った。
黒瀬蓮を、真正面から。
あの風をもっても逸らせないほどの拳を叩き込んで。
(……俺の訓練は、間違ってなかったんだ)
拳を握り込む。相変わらず傷一つない体ではあるが、徐々に困惑から自信へと変わっていく心の変化を感じている。
今の悠真にとって、「怪物の証」ではなく「努力の証明」に思えた。
胸の奥に、これまでにない熱と確かな自信が芽生えていく。
「悠真!」
控室の扉が勢いよく開き、真田が飛び込んできた。
「すげぇよ! 本当に黒瀬を倒すなんて……!お前、もう一年のトップだぞ!」
続いて白鳥が駆け寄り、少し息を弾ませながら微笑む。
「あの拳、綺麗だった。支援型の私から見ても……頼もしい」
「いやいや!」と外村が割り込んでくる。
「やっぱ壁じゃ勝てねぇな! でも俺だって、壁磨いてればいつか……いや無理か!」
控室に笑いが広がり、重かった空気が少し和らぐ。
一方、教師陣の控え室では別の会話が交わされていた。
「黒瀬を倒すとは……思った以上だな。それに、やはり肉体へのダメージもなさそうだった。」
「身体能力上昇の域を越えている。あの成長速度と耐久力。いずれ十支族と肩を並べるかもしれん」
だが別の教師は唇を噛む。
「いや……制御を誤れば、危うい存在になるぞ。注視が必要だ」
「本人の性格が温厚であることが幸いだな。」
観客席でもざわめきが止まらない。
「黒瀬ってその能力の強さから中学から期待されてたよな。それを身体能力上昇で勝つなんて信じられないよな?」
「高校に入ってからは新宿ダンジョンにソロで潜ってたらしいぞ」
「あのクラッシャー、次は十支族とやり合うのか!?」
上段の席で、三年の十支族の一人アシュベル家の長男が立ち上がり、静かに呟いた。
「……あの能力は本当に身体能力上昇なのか?」
そして観客の期待は、次なる戦いへと膨れ上がっていく。
控室の前。
凛が壁際に立ち、悠真を待っていた。
「あのとき下層であなたを見たときは少しあなたの実力を疑っていた部分もあった。本当は皆でモンスターの猛攻を耐えていたんじゃないかとか。でも、模擬戦で改めてわかったわ。本物なのね。」
静かにそう言う彼女の目は、真剣そのものだった。
悠真は一瞬戸惑い、だがすぐに頷いた。
「俺、本当は少し怖かったんだ。身体能力上昇はここまで強くならないとか、攻撃を食らっても傷一つ付かない肉体も。特別な能力を持っていないみんなが貰える、初期装備みたいな身体能力強化なはずなのに、俺だけ違うことに。地元では、やっぱり下層の事件の後皆と話すとき壁を感じていた。でも、ここでは皆と肩を並べてやっていける気がするんだ。」
「そうね。あなたの能力は少し、かなり異常であることは事実ね。でも、力は誇るためじゃない。どう使うかで価値が決まる。」
悠真は拳を見つめ、そして笑いながら
「模擬戦じゃこの力を見せつけてるだけになっちゃうけどね」
凛は微かに口元を緩め
「たしかに、それもそうね」
場内に響き渡るアナウンスが、次なる舞台を告げる。
『次はいよいよ――十支族の登場です!』
観客席が爆発するような歓声に包まれる。
悠真はその轟きを背に受けながら、ゆっくりと拳を握り直した。
(俺はもう逃げない。この拳で、次も勝つ……!)
熱狂の渦の中、悠真の瞳は次なる強敵を見据えていた。
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