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翌日。
昨日の「Sランク判定」の余波はまだ残っていて、登校した途端に視線が集まった。
直接声をかけてくるやつもいれば、ちらちらと遠巻きに見てくるやつもいる。
正直、落ち着かない。
(……俺、本当にSなのか? 全然実感わかないんだけど)
そんな俺たち一年生が放課後に連れて来られたのは、地元のギルド支部だった。
灰色の外壁の四階建てビル。
数か月前、中学三年のときに見学に来たことがある。
だから外観には見慣れた印象があったけど――今回は立場が違った。
「……前に来た時と同じ建物なのに、なんか空気が違うな」
中3の頃は“眺める”だけだった。
今日は“正式に探索者として登録する”。
そう思うと、胸がざわつく。
ロビーに入ると、カウンターや素材売却窓口が並び、ランキングモニターが煌々と光っていた。
前に見た時はただ「すげーな」で終わった光景が、今はやけに現実感を持って迫ってくる。
カウンターで順番に登録。
昨日のランク測定データを照合し、カードが発行される。
「はい、これで登録完了です」
渡されたカードを見て、思わず息を呑んだ。
《相原悠真》
《能力:身体能力上昇(S)》
《冒険者ランク:F》
(……やっぱりSなんだ……)
カードを見せ合うクラスメイトが「俺はCだった!」「俺はDかよ」などと盛り上がる。
誰かが俺のカードを覗き込み、声を上げた。
「うおっ、やっぱSだ!」
「昨日の水晶砕きは伊達じゃねぇ!」
その場がどっと沸き、俺は慌ててカードを胸ポケットに押し込んだ。
「次は素材売却窓口を見学してもらう」
先生に案内されて窓口に向かうと、ちょうど屈強な体格の男が袋を置いているところだった。
ざらついた声で言う。
「昨日の残りだ、査定してくれ」
袋から取り出されたのはゴブリンの耳や牙、低層で取れる魔石。
鑑定機にかけられ、数字がはじき出される。
「合計で九万六千円です」
「よっしゃ、今月はなんとかなるな」
そう言って笑った男は、大槻剛。
Cランク冒険者で、地元ではよく知られた顔らしい。
豪快な態度に、生徒たちが「かっけぇ!」「これが冒険者か!」と目を輝かせる。
「おう、新入りか。このあとのダンジョン訓練でもよろしくな!」
大槻さんが親指を立てると、俺たちは一斉に頭を下げた。
(ほんとに、こうやって稼いで生活してるんだ……)
妙に現実感が湧いて、俺の胸も高鳴った。
見学が終わったところで、職員が俺たちに声をかけた。
「さて、みなさんは今日から正式に探索者となります。そこで一つご案内を。初心者の方は、ギルドから武器や防具を無料でレンタルできます」
「レンタル……?」
クラスの誰かが声を上げる。
「はい。返却時に壊れていた場合は修理費を請求しますが、基本的には無料です。最初のうちは無理に買う必要はありません。ただし、本格的に続けるなら、専用の装備を購入するのをおすすめします」
「マジか! じゃあ最初はタダで武器持てるんだ!」
「俺、剣にしよ! なんかカッコいいし!」
クラスが一気にざわついた。
その場にいた大槻剛がにやりと笑って口を挟む。
「おう、俺だって最初はレンタルのボロ剣から始めたんだぜ。まあ今は自腹で買ったけどな。だから安心して使ってみろ!」
豪快に笑う姿に、場がさらに明るくなった。
そしてついにダンジョンへ入ることになった。
地下に降りると、初心者用の訓練ダンジョンが広がっていた。
壁に光苔がぼんやり光り、空気はひんやり湿っている。
「ここでスライム討伐を体験してもらう」
先生の声に生徒たちがざわめく。
順番に挑戦していき、剣で突いたり、炎で炙ったりしてスライムを倒していく。
「やったー!」「俺もいけた!」と声が弾む。
「相原、前へ」
呼ばれて前に出る。
借りた短剣を握りしめ、緊張で汗がにじむ。
(大丈夫……俺だって、やれる……!)
スライムがずるりと転がり出てきた。
俺は短剣を構え――だが焦って足を滑らせ、思わず素手で押してしまった。
――ドンッ。
その瞬間、スライムが弾け飛び、床に粘液が飛び散る。
静寂。
そして次の瞬間――。
「すげぇ!」「流石S判定だな!」
「普通の一撃でここまで飛ぶのかよ!」
歓声が巻き起こった。
「ち、違っ……俺、今のは……!」
慌てて弁解するが、誰も聞いちゃいない。
大槻さんが腹を抱えて笑った。
「はははっ! Sってのはこういうもんなんだろ! 俺には分からんが、すげぇや!」
先生まで「……うむ、Sなら当然か」と頷く始末。
(……いやいやいや、絶対おかしいだろこれ……!)
俺だけが心の中で必死に突っ込んでいた。
家に帰って布団に潜る。
一日の疲れであっという間に眠りに落ちていた。
そして、眠ったまま異世界に転移していた。
赤黒い空が広がる荒野。
地響きとともに、オーガロードと呼ばれる巨躯の魔物が吠えた。
「グォォォォォッ!」
そこに、場違いなほど無防備に寝ている一人の少年。
目は閉じられ、穏やかな寝息を立てている。
ただ眠っているだけ――なのに、その身は異世界に存在していた。
オーガロードが棍棒を振り下ろす。
少年はごろりと寝返りを打つ。
――ズガァァァンッ!!
その動きに触れられただけで、オーガロードの体が爆ぜるように崩れ落ちた。
巨体が大地に沈み込み、辺りは静寂に包まれる。
【スキル獲得:美肌】
淡い光が少年を包み込み、スキルが刻まれる。
しかし当の本人は、ただ布団の中で気持ちよさそうに眠り続けていた。
翌朝目を覚ました悠真は、冒険者カードが光っているのをを見て硬直した。
【スキル獲得:美肌】
「………………は?」
頬を触ると、やけにすべすべしている。
「……いや、なんで寝てただけでこんなの手に入ってんだよ!」
朝っぱらから布団の上で頭を抱える羽目になった。