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悠真の拳が空をえぐり、訓練場全体が唸りをあげた。
石床に走る亀裂は、まるで地震の震源地のように広がっていく。
「やっべぇ!」「床が割れたぞ!」
観客席が総立ちになり、悲鳴と歓声が混ざる。
担任は額に汗を浮かべながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「……直撃すれば、防御ごと粉砕される。だが当たらなければ、相原が押し潰される」
神谷は目を細め、全身を鋼鉄に包んだ。
鈍い光を反射する肉体は、まるで兵器そのもの。
「どうしたクラッシャー。拳一本で、俺を砕けると思うな!」
鋼鉄の肉体が迫り、肘打ち、膝蹴り、投げ技――体術と防御を一体化させた猛攻が悠真を襲う。
悠真は必死に受け流し、回避でしのぐ。
(くそっ……攻撃をまともに振らせてくれない!)
身体強化にものを言わせて拳を叩き込もうとするが、神谷は間合いを潰し、常に密着戦に持ち込む。拳を振り切る隙さえ与えない。
悠真の脳裏に篠原師匠の声が蘇った。
『流せ。無駄に力むな』
迫る膝蹴りを肩で逸らす。
鋼の肘打ちを腰をひねって回避する。
わずかに余裕が生まれた。
「……相原って、体術できるんだな!」
「ただのパワーだけじゃないぞ!」
観客の声に黒瀬が薄く笑う。
「フッ……化け物に見えて、ちゃんと積み重ねてやがる」
だが神谷も黙ってはいない。
悠真の腕を掴むと、鋼の質量を乗せて投げ飛ばす。
「終わりだぁっ!」
観客が息を呑む。だが――。
悠真は空中で体を反転させ、拳を床へ叩きつけた。
轟音。床が大きく抉れ、その衝撃を利用して体勢を立て直す。
音を立てて、悠然と着地。
「化け物かよ……!」
「人間業じゃねぇ……!」
会場がざわめきに包まれる。
神谷は舌を打ち、(バランス感覚まで怪物じみてやがる……!)と内心で呻いた。
息を荒げながら、神谷はさらに鋼鉄化を強めた。
全身から鈍い光が滲み出し、まるで鉄壁の要塞そのもの。
「お前の拳が当たれば俺は終わる。だから絶対に当てさせない!」
悠真は拳を握り直し、深く呼吸を整える。
額から汗が滴り落ちるが、その瞳は一点を射抜いていた。
「……当てる。俺は逃げない!」
観客席は総立ち。
「いけぇぇ!」「クラッシャー潰せ!」「鉄壁負けんな!」
熱気とどよめきが渦を巻き、訓練場の空気が震える。
神谷の鋼拳が一直線に迫る。
悠真は一歩踏み込み、肩をひねり、攻撃の軌道をほんのわずかに外す。
「そこだぁッ!!」
悠真の拳が神谷の胸に直撃した。
轟音とともに床が粉砕。
背後の防御壁にまで大穴が開き、粉塵が訓練場を覆う。
「うわあああっ!」「壁がぁぁ!」
悲鳴と歓声が一体となり、嵐のように吹き荒れる。
神谷の鋼鉄化が一瞬で剥がれ落ちた。
膝をつき、呻き声をあげ、やがて意識を失って崩れ落ちる。
「ぐっ……がっ...」
審判役の教師が片手を高く掲げた。
「勝者――相原悠真!」
訓練場が爆発したような歓声に包まれる。
「クラッシャー!」「鉄壁を砕いた!」
「マジで化け物だ!」
悠真は汗まみれの拳を見下ろした。
(……俺は、ただの化け物じゃない。学んだ力で、掴み取った勝利だ)
観客席の黒瀬はニヤリと笑い、隣にいた真田に呟く。
「面白え……次は俺がやる」
白鳥は唇を噛み、(本当に……強い。でも無茶しすぎよ)と胸を押さえる。
凛は静かに彼を見つめ、心で言った。
(あなたが努力なんてしたら……だからこそ、誰よりも恐ろしい)
悠真は歓声の渦の中で、ほんの少し笑みを浮かべた。
(これが……俺の戦いの第一歩だ)




