５４
訓練場の中央に、二人の影が向かい合った。
観客席は既に総立ち。「クラッシャー！」「鉄壁！」と叫び声が飛び交い、空気が震えるほどの熱狂が広がっている。
神谷京介は腕を組み、悠真を睨みつける。
「噂は聞いてる。だが、拳一本で俺を砕けると思うなよ」
悠真は拳を握り直し、静かに返す。
「……やってみなきゃ、分からないだろ」
――開始の合図が響いた瞬間、神谷の体が鈍い光を帯び、鋼鉄の鎧を纏うかのように変貌した。
「出た、鋼鉄硬化！」観客席からどよめきが走る。
ズシン、と床を踏み砕きながら神谷が突進。
「っ――！」
悠真は避けきれず、鋼の拳をまともに受けて吹き飛ぶ。場外線すれすれで踵を深く床に突き刺し、ぎりぎりで踏みとどまった。
「クラッシャーが押された！？」観客の驚きが広がる。
神谷は間髪入れずに二撃目を振り下ろす。
悠真は肩をひねり、拳の軌道を逸らした。
耳元を裂く轟音だけが残る。
「今の避けたぞ！？」と誰かが叫ぶ。
悠真は息を吐き、心で呟いた。
（……前なら真正面で受けてた。でも今は違う。流せる！）
神谷の口角がわずかに上がる。
「ただの力馬鹿じゃないらしいな」
悠真が踏み込む。拳が神谷の胸元に迫る――
だが直前で神谷が鋼鉄の腕を叩きつけ、軌道をいなす。
ガァンッ！ 轟音が鳴り響き、床に蜘蛛の巣状のヒビが広がる。その余波で背後の壁に大穴が空いた。
「ひぃっ！」「壁が……！」観客が悲鳴を上げる。
担任の教師が青ざめて小声を漏らした。
「……もし直撃すれば、防御ごと粉砕されるぞ」
神谷の表情に初めて焦りが浮かぶ。
（重い……！ まともに食らったら、俺の鋼でも危うい……！）
すぐさま神谷は反撃に移る。
鋼鉄の肘打ちが迫る――悠真は腕を滑らせていなし、火花が散った。
膝蹴りが飛ぶ――寸前で体を捻り、わずかな接触で受け流す。
投げ技に持ち込まれ――悠真は宙を舞いながらも空中で体をひねり、無理なく着地。
「体術まで鋼鉄化に合わせてくるのか！？」観客がどよめく。
息を荒げながらも悠真は拳を握る。
（……強い。でも、負けられない！）
二人は距離を取り、再び睨み合った。会場はシンと静まり返る。
神谷が鋼の瞳で挑発する。
「悪くない。だが、このままじゃ俺の鋼は砕けねぇぞ！」
悠真は拳を高く構え、心の奥で叫んだ。
（砕く……！ 絶対に！）
――同時に拳が動き出す。
