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入学して数日後。
「今日は異能ランクの測定を行う」――そう告げられて、俺たち一年生は体育館に集められた。
広いフロアの中央には、大人の胸ほどの高さの台座が設置され、その上に澄んだ青い水晶が輝いている。
ギルドから持ち込まれたという正式な測定器。
触れて力を込めれば、その異能の系統とランクが浮かび上がる仕組みらしい。
「これが……測定水晶か」
「でけぇな……!」
「今日で俺の才能が証明されるんだ!」
生徒たちはわくわくが抑えきれない様子でざわついている。
俺はというと――少し肩の力を抜いていた。
(まあ、どうせEかDだろ。みんなに“凡人”って再確認されるだけだ)
……そんな風に思っていた。
ステージに上がったのは担任の先生と、ギルドの職員二人。
職員の一人がマイクを手に説明を始める。
「順番に名前を呼ぶから、前に出てこの水晶に手を置け。魔力を込める必要はない。自然に力を流せば、自動でランクが表示される。数値はEからSまで。滅多にいないが、Sランクが出れば間違いなく将来有望だ」
その言葉にクラスが一斉にざわめく。
「Sとかマジ出るのか?」
「十支族レベルだろ、それ」
「俺、せめてCはいきてぇな」
――十支族。
世界のランキング上位を占める異能名家。
代々強力な能力を受け継ぐ一族で、Sランクの子供が当たり前のように生まれるらしい。
(俺には縁のない話だな)
苦笑しながら聞き流した。
「じゃあ、始めよう。まずは……佐藤」
最初に呼ばれた男子が水晶に手を置く。
パァン、と光が弾け、頭上のスクリーンに文字が浮かんだ。
《硬化》 ランク:D
「おおっ!」「やるじゃん!」
拍手と歓声。本人も満足そうにガッツポーズを決める。
次は女子。
手を置くと赤い炎がちらりと水晶の中に燃え、文字が浮かぶ。
《炎操作》 ランク:C
「すごい!」「Cは強いぞ!」
教室のときと違い、体育館はまるでお祭り騒ぎ。
みんなが一喜一憂しながら結果を受け止めていく。
(……なんか、いいな。俺も少しくらいは期待していいのかな)
「相原悠真、前へ」
呼ばれ、俺はステージへ上がる。
視線が集まっているのが分かる。心臓が少し早く打った。
(落ち着け。どうせEだ。恥ずかしがることもない)
そう自分に言い聞かせ、水晶に手を置いた。
ひやりとした感触。
次の瞬間――。
ビキィッ!
鋭い音と共に、水晶全体に亀裂が走った。
「えっ……!?」
慌てて手を離すが、もう遅い。
パキンッ、パキパキパキ……!
蜘蛛の巣のように広がったひび割れが、一気に水晶を砕いていく。
粉々になった破片が床に散らばり、体育館は一瞬で静まり返った。
沈黙を破ったのはスクリーンだった。
砕け散った水晶の残骸から光が立ち上り、鮮明な文字が浮かび上がる。
《身体能力上昇》 ランク:S
「は……?」
俺は間抜けな声を漏らした。
次の瞬間、体育館が爆発したようにざわめく。
「S!?」「マジで!?」「十支族レベルじゃん!!」
「水晶壊れたぞ!?」「どういうことだよこれ!」
友人が目を丸くして叫ぶ。
「お、おい悠真、お前いつからそんなヤベェ奴に!?」
「え、いや……!ち、違うって! 俺、なんか……手加減できなかったのかも……!」
必死に弁解するが、誰も聞いちゃいない。
視線は一斉に俺に注がれ、興奮と困惑の混じった空気が体育館を満たしていた。
ギルド職員が顔を青くして水晶の残骸を確認する。
「信じられん……。測定水晶が破壊されるなど前例がない」
「だが判定は間違いない。Sランク……だ」
先生は咳払いして言った。
「……静かにしろ! Sだからといって舞い上がるな。ランクはあくまで参考だ。努力を怠れば意味はない」
だが、クラスメイトたちの目の色は明らかに変わっていた。
憧れと驚き、そして少しの畏怖。
俺はただオドオドと「ごめん、水晶壊して……」と繰り返すしかなかった。
測定は続行されたが、体育館の熱気は収まらなかった。
生徒たちはこそこそと「相原すげぇ」「どう考えても化け物だろ」と噂し合う。
俺は居心地悪くてたまらなかった。
(……本当に俺、Sランクなのか? 実感なんて全然ないんだけど)
その夜。
布団に潜り込み、考えがぐるぐると頭を巡る。
けれどいつの間にか眠りに落ちていた――