45
翌朝。
悠真は重い体を引きずりながら、帝都探索学園の道場にやってきた。
(……うそだろ。俺の体でも筋肉痛になるのか……!)
全身がバキバキに痛む。ベッドから起き上がるだけで呻き声が漏れるほどだった。モンスターにどれだけ殴られても無傷だった肉体でも、基礎を徹底的に叩き込まれれば容赦なく悲鳴を上げる。
「おはよう。体は悲鳴を上げているか?」
篠原先生が腕を組んで立っていた。
「は、はい……」
「なら合格だ。生きている証拠だ」
悠真は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
(……これ、何の合格なんだよ……)
「昨日渡した棒、覚えているな」
篠原が指差したのは、中央で回転する長い棒――スピニングバー。
「千回避けろ」
「えっ!? せ、千回!?」
棒が回転を始める。ヒュンッ、ヒュンッと音を立て、あっという間に目の前へ。
悠真は反射的に体をひねる――が、次の瞬間。
バシィッ!
「いったぁっ!」
棒が足に直撃し、そのまま尻もちをつく。
見学席にいた真田が爆笑した。
「クラッシャー、壁壊すより自分が壊されてるぞ!」
「笑いごとじゃないっての!」
それでも悠真は立ち上がり、何度も挑む。反応はできるのに、体が思うように動かない。額から汗が滝のように流れ、視界が霞む。
(速さにはついていけるのに……動き方が分からないんだ……!)
「次はこれだ」
篠原が竹刀を手に取り、構えた。
「全部避けろ」
「えっ、ちょっ――」
シュバッ! 竹刀の連打が飛んでくる。
悠真は思わず正面から受け止めてしまい――バキィッ!
「また折ったぁ!?」
見学の生徒たちがどよめく。
「ち、違うんです先生! 勝手に……!」
「違う! 受け止めるな、流せ!」
篠原の怒声が飛ぶ。必死に繰り返すうちに、ようやく肩で力を逸らして竹刀を弾き返すことに成功した。
「……そうだ。その一瞬の余裕が命を繋ぐ」
「はぁ、はぁ……」
次は板を前に置かれた。
「砕くな。寸前で止めろ」
「えっ……無理だって!」
悠真は恐る恐る拳を振り下ろす――
バキィィッ!
板は木っ端みじんに砕け散った。
「やっぱり……!」
悠真が頭を抱えると、篠原はため息をついて言った。
「お前の力は振り切れている。だからこそ“柔”を学べ」
「柔……?」
「力は止まらない。だが、受け流す心と体でなら止められる」
悠真は言葉を反芻した。
(俺に“柔”……? 今まで考えたこともなかった……)
訓練を終える頃には、道場の床に汗が滴っていた。
「……基礎って……しんどいですね」
「基礎を笑う者は、土台のない塔を立てるのと同じだ」
篠原の言葉は重かった。
悠真は拳を握り、夕陽を浴びる道場の外で深く息を吸う。
(……ここでなら、俺は“ただ殴るだけの化け物”から変われるかもしれない)
「明日も来い。基礎はまだ始まったばかりだ」
「……はい!」
声を張り上げた悠真の瞳には、確かな決意が宿っていた。




