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まだ街は朝靄に包まれている時間。
悠真は寮を出て、指定された「道場」へと向かった。
帝都探索学園の敷地の片隅にある木造の建物。コンクリートと最新設備に囲まれた学園の中では異質で、時間が止まったかのような空間だった。
足を踏み入れると、板張りの床がミシ、と小さく鳴る。ひんやりとした空気の中、正座した篠原先生が悠真を待っていた。
「探索者にとって力だけでは命を守れん。……まずは基礎からだ」
低く響く声に、悠真は背筋を伸ばす。
(また壁を壊すような真似したらどうしよう……)
そんな不安を抱えながらも、彼は畳に手をつき一礼した。
「力むな。呼吸を合わせろ」
篠原に言われるまま構えを取る悠真。しかし全身に自然と力が入ってしまう。
「肩が上がっている。余計な力を抜け」
腕を下げられ、腰の角度を修正され、何度もやり直し。
汗がにじみ、息が荒くなる。
見学に来ていた真田が「なんか地味だな」と笑う。
悠真は振り返って「……でも、キツいんだよ!」と声を上げた。
篠原が拳を軽く突き出す。
「避けろ。逸らせ」
「うわっ!」
悠真は真正面から受けてしまい、そのまま床に転がる。痛みはないが、鈍い衝撃が体を揺さぶった。
「相手を見て、攻撃を予測する。まずは目を鍛えろ」
「見えてはいるんです。でも……体をどう動かせばいいのかわからなくて」
篠原は少し目を細めると、道場の隅から長い棒に横木が刺さった奇妙な器具を持ってきた。
「スピニングバーだ。千回避けろ」
「千回!? いや、これ避ける方が難しいでしょ!」
真田が吹き出し、篠原は「やれ」と一言。
棒が回転し、悠真は慌てて屈んだり跳んだりする羽目になった。
次に置かれたのは厚い板。
「砕くな。寸前で止めろ」
「えっ、そんなの無理ですよ!」
深呼吸し、拳を振り下ろす。
――バキィッ!
板は一瞬で粉々に砕け散った。
「ほらな」
篠原はため息をつきながら言う。
「力を出すのは容易い。だが制御できねば仲間をも傷つける」
悠真は拳を見つめ、唇を噛んだ。
訓練を終えた悠真は、膝に手をついて肩で息をしていた。
「はぁ……俺、やっぱりただの化け物なんじゃ……」
「違う」
篠原が静かに告げる。
「学べば変わる。力を守るために使いたいのだろう?」
悠真の頭に、佐伯の笑顔や、東京で怯えていたクラスメイトの顔が浮かんだ。
(……俺は“避けられない奴”じゃなく、“守れる奴”になりたい)
「明日も来い。基礎はまだ始まったばかりだ」
「はい!」
拳を握り、悠真は力強く返事をした。
(ランキング戦までに……必ず成長してみせる!)




