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翌日の放課後。真田に呼び出されて、悠真は学園の奥にある訓練棟へと足を運んでいた。
煌びやかな設備が整った実技場とは違い、その一角は木の床と畳が敷かれ、どこか懐かしい空気を漂わせている。まるで時代に取り残されたような静謐さだった。
「……こんな場所が学園にあったのか」
「だろ? 俺も最初は驚いたよ」
隣を歩く真田は得意げに笑う。
道場の中央に立っていたのは、一人の年配の男性だった。稽古着に身を包み、背筋をすっと伸ばして立つ姿だけで、ただ者ではないと分かる。
「先生、この人が例の転校生、相原悠真です」
「ほう……」
男の鋭い眼差しが悠真を射抜いた。
「君が拳でオーガを倒したという噂の張本人か」
「そ、それは……」
思わず視線を逸らす悠真。真田が横から「本当なんですって!」とフォローする。
「……まあいい。まずは見せてもらおう。君の拳を」
篠原と名乗ったその人物は、悠真に真正面の構えを促した。
言われるがままに拳を握りしめ、床を蹴って突きを放つ。
――ドガァッ。
空気が爆ぜるような轟音とともに、畳の下の床がビシリとひび割れる。
「ちょ、ちょっと待て! 床!」
慌てふためく真田を横目に、篠原はわずかに目を細めた。
「なるほど……力は確かに桁外れだ」
低い声に緊張が走る。
「だが、型も制御もない。ただの暴発だな。これでは力に振り回されるだけだ」
「……っ」
図星を突かれ、悠真は言葉に詰まる。
篠原はふっと構えを取った。
「来い。私に一撃を当ててみろ」
「えっ……いや、そんな――」
「遠慮はいらん。全力で来い」
ゴクリと唾を飲み込み、悠真はもう一度拳を突き出した。
しかし――。
篠原はほんのわずかな動きでそれを受け流し、悠真の拳は空を切った。
「っ!?」
全力で打ち込んだはずなのに、当たった感触すらない。
「力任せの拳は、技ある者には決して届かん」
「……本当だ……」
胸の奥が悔しさと同時に、妙な納得で満たされる。
「お前に必要なのは“型”だ。己の力を制御し、必要な時に必要なだけ放つこと」
篠原は真っ直ぐに悠真を見据えた。
「その力を恐れるのではなく、使いこなせ」
悠真は拳を握りしめ、深々と頭を下げた。
「……お願いします。俺に、教えてください」
道場を出た夕暮れ道。
「な? いい先生だろ」
真田が笑い、悠真も小さく頷いた。
(……ただの怪力じゃなく、“技”を学ぶ。俺にできるだろうか。……いや、やってみたい)
胸の奥に新しい決意が芽生えていた。




