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佐伯からメッセージをもらった翌日。
教室に入った瞬間、ざわめきが広がった。
「……来たぞ、クラッシャー相原」
「昨日のまとめ見たか? あれマジで相原なんだろ」
すでにあだ名は定着していた。
「ありがとう」と声をかけてくれる生徒もいれば、目を逸らして距離を取る生徒もいる。
相反する視線を同時に浴びながら、俺は席に着いた。
(……やっぱり、もう普通には戻れないんだ)
そう痛感しながら、一日をやり過ごした。
◆
放課後、担任の先生に声をかけた。
教室に誰もいなくなったタイミングで、思い切って口を開く。
「先生……俺、帝都探索学園に行こうと思います」
「……そう、か」
担任は少し目を細めて、机に肘を置いた。
「正直な話、この学校で教えられることは限られている。能力に関して言えば、ほとんどが自己流だ。みんな放課後や週末に地元の浅層へ潜るくらいで、東京や大阪と比べると環境は段違いだ」
静かに頷く。
確かに、ここで潜るダンジョンは規模も浅さも知れている。
「もちろん、この町にも優秀な探索者はいる。だが……東京の連中と比べると、力の差は埋めがたい。それに――」
先生は言い淀み、言葉を選ぶように続けた。
「君の力は、すでに一部で危険視されている。先生としては守りたいが……限界がある」
俺は深呼吸して、正直に口にした。
「……俺、自分の力と向き合っていこうと思うんです。俺の力は、ただ強いだけじゃなくて……扱い方を間違えたら危ないってこと、俺自身も噂で知っています。だからこそ、この力はちゃんと使わなきゃいけないんだと思います」
担任はしばらく黙って俺を見つめ、最後に小さく頷いた。
「……そうだな。なら、胸を張って行ってこい」
◆
夜。夕飯を囲む食卓で、父と母に向き合った。
「帝都探索学園から正式にスカウトが来てるんだろ?」と父。
「選ぶのはお前だ。だが、お前が笑って生きられる道を進め」
母も優しく微笑む。
「悠真は誰かを守れる強さを持ってるんだから。恐れずに行ってほしいわ」
俺は二人を見つめ、言葉をはっきりさせた。
「……俺、行くよ。帝都探索学園に」
父と母は黙って頷き、その目には安心と少しの寂しさが混じっていた。
◆
夜、自室。
ベッドに腰を下ろし、拳を握りしめる。
(逃げ続けるのはもう終わりだ。俺は俺の力を――正しく学ぶ)
(普通じゃなくてもいい。前を向いて、胸を張れる自分になりたい)
窓の外、夜空を見上げる。
スマホにはまだ佐伯のメッセージが残っていた。
『負けんなよ!』
「……あぁ、負けない」
強い決意を胸に、俺はゆっくり目を閉じた。




