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月曜の朝。教室の扉を開けた瞬間、ざわめきが広がった。
「おい、まとめサイト見た?」
「クラッシャーって相原のことだろ?」
「いやでも……普通に同じクラスにいるのやばくね?」
半分は冗談、半分は本気。
声をかけて笑ってくれるやつもいれば、あからさまに距離を取って目を合わせないやつもいる。
俺は曖昧に笑って受け流した。
(……こうなるよな。感謝してくれるのも、怖がられるのも、両方わかる)
席につくと、隣のグループのやつらが声をかけてきた。
「相原、今度の週末さ、みんなで潜ろうぜ! お前も来るだろ?」
「……俺でいいのか?」
「当たり前だろ! お前がいれば安心だし、強い方が配信も盛り上がるって!」
明るく笑って言ってくれるその顔に嘘はない。
けれど、心のどこかで小さな棘が刺さる。
(結局……俺だけ別格なんだよな。仲間と同じ“普通”の感覚で戦えてない)
◇
昼休み、廊下を歩いていると担任に呼び止められた。
「相原。ちょっといいか」
職員室に連れていかれ、先生は真剣な顔で言う。
「東京遠征の件で、本部から何度も問い合わせが来ている。マスコミからもだ。君のことを放ってはおけないそうだ」
「……俺は普通に過ごしたいだけなんですけど」
苦笑しながら答えると、先生は言葉を選ぶように視線を逸らした。
「……君の力は少し、その……異常なのかもしれない。身体能力上昇の高ランクは実際に目にしたことはないが、モンスターの攻撃を受けても無傷というのは……」
言葉はそこで途切れた。
先生自身も“正体がわからない力”にどう向き合うべきか、答えを持っていないのだろう。
◇
放課後の帰り道。
街の喧騒を耳にしながら、俺は小さく呟いた。
(俺は、このよくわからない力を、なにか、誰かのために使えるのだろうか……)
(俺は、知らなすぎるのかもしれない。自分の力も、ダンジョンも、世界のことも……)
足取りが自然と重くなる。
◇
家に帰り、鞄を置いたとき、スマホが震えた。
画面に表示された送り主の名前に、思わず息を呑む。
――「佐伯」。
「……佐伯?」
中学時代、ずっと一緒にいたあいつの名前が画面に浮かんでいる。思わず心臓が跳ねた。
震える指でタップすると、最初の一文が目に飛び込んできた。
佐伯「お前の噂見たぞ! 本当は一緒に進学したかったんだけどな……」
「……は?」
いきなりの直球に頭が追いつかない。続けざまにメッセージが送られてくる。
佐伯「クラッシャー相原ってお前だろ? ネットですげぇ騒がれてるぞ!」
「うわ、やっぱバレてんのか……」
頭を抱えながらも返す。
悠真「……あんま大したことじゃないよ」
佐伯「はは、いやいや! 普通じゃないだろあれ! 俺、今の学校で必死にやってんのにさ。お前の動画見たら、ちょっと悔しいよ」
悔しい、のあとにスタンプ。ふざけた顔のやつ。
思わず苦笑が漏れる。
悠真「……」
何て返そうか迷っていると、また文字が流れた。
佐伯「でもさ、羨ましいとかじゃなくて……正直、安心したんだよ。中学ん時は平凡だと言ってたお前が、実はめちゃくちゃ強いなんてさ。なんか嬉しい」
「……あいつ……」
胸の奥がじんわり温かくなる。
俺は中学時代のことを思い出した。無能力者みたいに扱われて、ただの平凡で、佐伯と並んで適当な高校に行く未来しか見てなかった。
なのに今は、クラスでも浮いていて、転校の話まで出てる。
でも――
(羨ましいけど嬉しい、か……。そんなふうに言ってくれるやつがいるなら、俺も……)
気づけば指が勝手に動いていた。
悠真「……俺、このまま逃げてばっかじゃいられないよな」
すぐに既読がついて、返事が飛んでくる。
佐伯「だな! 次会うときは、俺に負けんなよ!」
短いけど、いつもの佐伯らしい一言。
俺は画面を見つめながら、小さく笑った。
「……負けねえよ」
窓の外、夜空に星が瞬いていた。
(帝都探索学園……本当に、俺が行くべき場所なのかもしれない)




