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帝都探索学園の訓練場。
高い天井から光が差し込む中、天城凛は静かに両手を前に伸ばし、結界を展開していた。
淡い光の膜が壁の前に広がる。息を整え、強化の術式を重ねる。
「……次は、絶対に砕かせない」
小さく呟いた言葉は、決意というより誓いに近かった。
目の奥には、あの異常な光景――自分の結界を易々と粉砕した少年の拳――が焼き付いている。
その隣では、ドイツの十支族、アシュベルが雷撃を叩き込んでいた。
稲光が走り、訓練用の鉄柱が一瞬で黒焦げになる。
彼の顔には焦りのような苛立ちのような影が浮かんでいる。
「……俺より強いなんてありえるか……!」
普段は寡黙で誇り高い彼が、珍しく感情を漏らした。
凛は横目で見て、静かに言葉を返す。
「事実よ。私の結界は砕かれた。あなたの雷も届かなかった」
周囲の生徒たちがざわめく。
「結界が砕かれた?」「本当に学生か?」
その声は驚きと恐れ、そして燃えるような闘志に満ちていた。
――相原悠真。
彼の存在は、帝都探索学園にすら波紋を投げかけていた。
その様子はニュースや配信で取り上げられ、全国へ広がっていく。
「十支族が奮起している」「砕かれた結界」――そんな見出しとともに。
◇
地元に戻った悠真は、帰宅途中の道でスマホを開いた。
映し出されたのは、まさにそのニュース。
画面には凛の結界強化、アシュベルの雷撃訓練が流れている。
《やっぱ十支族は別格》
《砕かれたってなんだ?》
コメント欄が次々と流れていく。
悠真は足を止め、無意識に拳を握った。
(みんなは前を向いてる……俺も、こんなふうに、前に……)
胸の奥に、小さな熱が灯るのを感じた。
◇
その夜、食卓。
父と母は、まだ東京遠征のニュースを気にしている様子だった。
「悠真は誰かを守れる強さを持ってるのよ」
母が、味噌汁を差し出しながら静かに言う。
父も真剣な目で息子を見つめた。
「力は使う場所を間違えてはいけない。だが“間違った場所”というのもいろいろある。自分のためだけか、人のためか……」
悠真は箸を止め、うつむいた。
(俺の力を正しく学べる場所があるなら……)
言葉にはしなかったが、その思いが心に芽生えていた。
◇
夜、布団に潜り込み、天井を見つめる。
拳を握りしめ、心の声が零れる。
(怖い。でも……逃げ続けるのは、もっと怖い)
(もし転校したら、俺も“前に進む”ことができるのか……?)
街の灯りが遠くに瞬いている。
まだ答えは出せない。だが、その一歩を考える勇気は確かに生まれていた。




