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朝、校門をくぐった瞬間に声が飛んできた。
「おい相原! 週末、みんなで潜りに行こうぜ! お前も来るだろ?」
教室に入る前から囲まれる。何人かは笑顔で、何人かは期待に目を輝かせている。
「俺でいいなら一緒に潜ろう」
思わず戸惑う俺に、「一緒にやれば安心だろ!」と即答。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
(……今からでも、少しは普通に混ざれるのかもしれない)
週末。みんなでギルドに集合する。
受付の女性職員が俺を見て、苦笑まじりに声をかけてきた。
「おや、また相原くん? ……武器の強度には気をつけてね」
後ろで友人たちが「何それ!?」と笑う。俺は耳まで赤くしながら曖昧に笑ってごまかした。
クラスメイトたちはそれぞれ装備を借り、回復ポーションを買い込む。
「やっぱり必須だよな」
「この前の遠征、回復アイテムで差が出てたしな」
俺も一応レンタル武器を受け取る。手に馴染むはずの剣が、すでに「どうせ壊れる」と囁いてくるようだった。
その横で、配信端末が起動される。
「よし、今日は班配信も兼ねてやるぞ!」
視聴者はまだ十数人程度。それでも、コメント欄には《お、クラッシャー相原いる?》と早速の反応が流れ始めていた。
浅層の入口。ダンジョンのひんやりした空気が肌を撫でる。
「よし、いくぞ!」
班の先頭が声を上げ、探索が始まった。
スライムを見つけて仲間が剣を振るう。
「やった!」
泡のように弾けるスライムに、歓声が上がる。
俺も控えめに剣を振り、あえて“普通”を装う。
(大丈夫、大丈夫……俺はみんなと同じだ……)
その時――通路奥から唸り声が響いた。
「ゴブリンだ! 数多いぞ!」
次々と現れる小鬼たち。数は十を超える。
「囲まれるな! 陣形!」
仲間が声を張り上げるが、押され気味だ。
俺も剣を振りかぶる――が、
――バキィッ!!
甲高い音とともに、あっさり粉砕。手に残ったのは半分に折れた柄だけだった。
「またかよ!」
仲間たちが驚き、視聴者コメントが一斉に流れる。
《安定のクラッシャー》《剣意味ねぇw》
後退する仲間の背中が壁に押し付けられる。ゴブリンの槍が迫る。
「っ――!」
考えるより先に、拳が飛んでいた。
――ドガァッ!!
一撃。数体まとめて壁まで吹き飛び、爆ぜるように崩れ落ちる。衝撃波で通路の壁が抉れ、石片が雨のように降り注いだ。
「……え?」
仲間が呆然と声を漏らす。
コメントも荒れ始める。
《また素手ww》
《剣より拳が強いの草》
《クラッシャーだ!》
仲間が必死に連携して一体のゴブリンを仕留める横で、俺は拳一つで群れを殲滅していく。
友人の一人が思わず呟いた。
「……相変わらず、すげえな……」
褒め言葉なのに、その声に混じるのは驚愕と戸惑い。
胸が痛んだ。
(やっぱり……俺の《身体強化》って、どこか変なんだ)
探索を終えてギルドに戻る。素材を売却するとき、周囲から囁き声が聞こえた。
「相原がいれば安全だな」
「でも、あいつ……こんな浅層で燻ってていいのか?」
笑顔を浮かべて受け流すしかなかった。
ポケットの中で拳を握りしめる。
(……やっぱり俺、自分の能力としっかり向き合っていくべきなのかもしれない)
そう小さく決意した自分に気づいて、わずかに息を呑んだ。




