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東京本部の訓練施設――巨大なドーム状の建物に案内されると、俺たちの心臓の鼓動まで反響するような静けさに包まれた。
壁一面がガラス張りになっていて、その向こうにはクラスメイトや天城凛、アシュベル、そして数多の職員や冒険者たちが見守っている。
「では、まずは再測定だ。ここでは限定的に能力の使用が可能となっている。」
職員の一人が机の上に水晶球を置いた。
「前回の数値が正確なのか確認する必要がある」
「……はい」
俺はごくりと唾を飲み込み、両手を水晶に添えた。
――ゴッ。
低い地鳴りのような音が響き、水晶に蜘蛛の巣状のヒビが走る。
次の瞬間、バァン!と破裂音を立てて粉々に砕け散った。
「っ……!」
職員が慌ててモニターを確認する。
「なんですか?これは……測定不能……?」
「おい……まただよ……」
見学席からクラスメイトの声が漏れる。
俺はただ、砕けた水晶の欠片を呆然と見下ろすしかなかった。
「次は攻撃力を測る。天城さん」
職員が声をかけると、凛が静かに前へ出た。
「……分かりました」
床がせり上がり、厚さ数メートルのコンクリート壁が姿を現す。
その瞬間、凛の指先から淡い光が溢れ、壁全体を覆うように結界が張られた。
まるで光の檻のように、硬質で揺るがない壁。
「この二重防御は、通常ならBランク冒険者でも破れません」
職員が俺を見た。
「安心して全力で叩き込め」
「ほ、本気でいいんですか……?」
「構わん。測定だからな」
背後でクラスの生徒たちが囁く。
「さすがに壊せないだろ……」
「結界付きだしな」
俺は拳を握り、深呼吸を一つ。
踏み込み、一気に拳を突き出す。
――轟音。
まず、凛の結界に亀裂が走った。
ビシィッ、と音を立てて蜘蛛の巣状のひびが広がり――瞬く間に砕け散る。
光の破片が宙を舞い、眩い閃光が視界を覆った。
そのまま拳はコンクリートに突き刺さり、分厚い壁を粉砕。
余波は止まらず、はるか後方にあった訓練場の壁にまで届き、大穴を穿った。
空気が爆風となって押し寄せ、観客席の生徒たちが思わず身を庇う。
「……っ!」
凛が顔を青ざめさせ、数歩後ずさった。
「……嘘……私の結界が……?」
「バ、バカな……! 結界ごと破壊……!?」
職員の声が裏返る。
「やっぱり相原、怪物だ……」
クラスの誰かが震え声で呟く。
アシュベルは腕を組み、鋭い眼差しで俺を睨んだ。
「結界ごと砕くなど聞いたこともない。……間違いない。規格外だ」
俺は呆然と拳を見下ろした。
「……俺、ただの《身体能力上昇》のはずなのに……」
モニターは「測定不能」の赤文字を繰り返し点滅していた。
(……どうして、こんな力が俺に……?)
彼は知らない。この世界にはステータスという概念がないのだから。




