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赤黒い苔が広がる洞窟。
誰もが声を失い、絶望だけが充満していた。
「くっ……もう、だめだ……」
「助からない……俺たち死ぬんだ……!」
震えるクラスメイトたちは、武器を握ることすら忘れ、膝をついていた。
監督冒険者も血を吐きながら立ってはいるが、肩で息をし、膝が折れそうになっている。
その前に、ずしん、と足音を響かせながら迫るトロル。
巨腕が振り上げられ、悠真へと振り下ろされた。
――ドガァンッ!!
轟音と共に地面が割れ、砂塵が舞い上がる。
だが、そこに立っていた悠真の体は――傷一つなかった。
「……え?」
「嘘、だろ……直撃したのに……」
クラス全員が息を呑む。
監督冒険者でさえ、瞳を見開いて固まっていた。
視界にコメントが飛び込んでくる。
《効いてない!?》
《人間か? いや、もう人間じゃねえだろ》
《無傷で笑った、バケモン確定》
悠真自身も信じられなかった。
(なんで……俺、普通なら死んでるはずなのに……)
混乱する頭のまま、体は勝手に動いていた。
目の前のトロルに拳を叩き込む。
――ズガァァンッ!
岩壁が崩れ落ち、トロルの巨体は一撃で吹き飛び絶命した。
「な、なんなんだよ……」
呆然とする声が背後から漏れる。
その間にも、二体のオーガが棍棒を振りかざして突進してきた。
俺はもう武器を構えない。
右拳を突き出すだけで、オーガは壁ごと叩き潰された。
左拳を振り抜けば、二体目の首が折れ、地面に沈む。
ほんの数秒の出来事だった。
配信画面が激しく揺れ、コメントが爆速で流れていく。
《何だこれ!?》
《クラッシャーやべぇwww》
《監督が押されてた相手をワンパン》
《国家戦力級だろ……高校生がこんなんアリかよ》
視聴者数は一気に数万へと跳ね上がり、全国規模の“事件”として拡散していく。
「……俺、なんで……」
拳を握ったまま、俺は震えていた。
心臓が早鐘のように鳴る。
恐怖か、混乱か、それとも別の感情か――自分でもわからなかった。
(俺はただ、みんなと同じように冒険者になって……少しお小遣い稼ぎしたかっただけなのに……)
崩れ落ちたモンスターの残骸を前に、誰も声を出さない。
ただ全員が、悠真を「同級生」ではなく「異常な存在」として見ていた。
コメント欄に新たな文字が流れ込む。
《救援部隊、もう出発したって!》
《帝都探索学園も動いてる!》
「……俺が、守るしかないのか」
暗闇の中、悠真は拳を握りしめた。
孤立無援の下層で、その異常性を証明しながら――救援が来るまで戦う覚悟を固めた。




