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夜の新宿。
かつて人波で埋め尽くされていた広場は、今や重苦しい静寂に包まれていた。
高出力ライト。
展開された結界。
G.O.Dの部隊と医療班、解析機材が整然と並ぶ。
――待っている。
門が、低く唸りを上げた。
空間が歪み、青白い光が滲む。
次の瞬間。
人影が、吐き出されるように現れた。
「……帰ってきたぞーっと」
最初に声を出したのは黒瀬だった。
軽口だが、どこか息が抜けた声音。
続いて神谷。
肩を回し、周囲を見渡す。
「……人、増えてねぇか?」
そして――悠真。
一歩、門の外に足を出した瞬間。
張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。
「……悠真!」
駆け寄ってきた凛は、途中で言葉を失った。
何か言おうとして、結局、深く息を吐くだけだった。
「……本当に、戻ってきたのね」
悠真は小さく頷く。
「ただいま」
その一言で、凛の肩から力が抜けた。
周囲のG.O.D職員たちがざわつく。
拍手も歓声もない。ただ、安堵と緊張が混じった視線。
――無事だった。
だが、もう「いつも通り」ではない。
地下の隔離・解析区画。
白い光の下、悠真たちは順に検査を受けていた。
「魔素汚染、なし」
「精神干渉反応、なし」
「感染性異常、確認されず」
淡々と報告が流れる。
しかし。
「……おかしい」
医師の声が低くなった。
「基礎筋力、反応速度、回復指数……
やはり高い数値で安定しています」
「異世界バフ……」
「結構向こうで倒してきたからなぁ」
別の研究員が端末を叩く。
「神谷くんも黒瀬くんも、数値では十支族に近しいものになっています...」
黒瀬が苦笑する。
「まぁ、魔族とかも倒したもんな」
神谷は腕を組んだまま黙っている。
凛は、悠真の方を見た。
――見た目は変わらない。
けれど、確かに“何か”が違う。
(……戻ってきてる。でも、完全には戻ってない)
凛の胸に、言いようのない不安が残った。
数時間後。
G.O.D本部、円卓会議室。
各国代表。
研究部門。
十支族の一部。
全員が揃った空間で、篠原が静かに口を開いた。
「……報告は以上だ」
スクリーンに映るのは、異世界エルテラの概要、アルセリアの都市構造、門の安定データ。
沈黙。室内の空気が重くなる。
「……管理できるのか?」
「軍事的リスクが高すぎる」
「いや、技術交流の価値は計り知れない」
意見は割れた。
篠原は腕を組み、低く言う。
「一つだけ確かなことがある」
全員の視線が集まる。
「もう、隠し通すことはできん。
世界は――次の段階に入った」
そして、悠真を見る。
「相原。
お前は“探索者”ではなくなった」
悠真は、息を呑んだ。
「お前は、
地球と異世界を繋いだ“当事者”だ」
十支族もまた、異世界への興味はあった。
報告を聞いた者たちの反応は、三者三様だった。
「異世界か……」
「門の向こうに、文明があるだと?」
「面白ぇ話じゃねぇか」
ある者は警戒し、
ある者は興味を隠さず、
そして――
「俺も、行けるのか?」
誰かが、ぽつりと漏らした。
空気が変わる。
十支族は“守る側”だった。
だが今、世界の外に出る選択肢が現れた。
それが何を意味するのか。
全員が、まだ理解しきれていなかった。




