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安全エリアを出て、再び浅層の探索が始まった。
クラスメイトたちは「今度こそ見せ場作ろう!」と息巻いている。
それぞれ配信を起動し、カメラが浮かんで視界にコメント欄が映し出された。
東京遠征――みんなが視聴者に向けて気合を見せる時間だ。
俺はというと、レンタルの剣が壊れてしまったので素手だ。
素手で潜り続けることなんてなかった俺は力加減に集中するあまり逆に動きが固くなる。
「相原、もっと自然に動けよー!」
「見てるやつにカッコ悪いとこ見せんな!」
茶化す声に、俺は引きつった笑みを返すしかなかった。
浅層の奥へ進んだときだった。
通路の石床に、不気味な紋様の光が浮かんでいた。
「……なにあれ」
「罠か?」
誰かがつぶやいた瞬間、監督冒険者が鋭い声を上げた。
「下がれ! 不用意に踏み込むな!」
けれど、もう遅かった。
先頭の生徒が紋様の上に足を踏み出した瞬間――光が爆ぜ、俺たち全員を包み込んだ。
「うわっ!?」
「な、なんだこれ!?」
眩い光に視界が白く塗りつぶされ、体が宙に浮いたような感覚に襲われる。
次の瞬間、足元が固い岩に叩きつけられた。
景色が変わっていた。
周囲は薄暗く、赤黒い苔が壁一面にこびりついている。
空気はねっとりと重く、喉が焼けるように苦しい。
「……どこだ、ここ……?」
「さっきまで浅層だったのに……」
言葉が途切れた瞬間、大地が震えた。
奥から、地響きとともに巨体が姿を現す。
「オ、オーガ……!?」
「トロルまで……!?」
クラスが悲鳴を上げた。
視界の端に流れるコメントが一気に騒然となる。
《おいおいおい!? あれって下層のモンスターだろ!?》
《40階層以降でしか出ねぇやつじゃん!》
《なんで学生がこんな場所にいるんだよ!?》
「……は? か、下層……!?」
クラスの誰かが絶望を込めてつぶやく。
パニックが一気に広がった。
監督冒険者が前に出て剣を抜いた。
「全員下がれ! 俺が時間を稼ぐ!」
豪快に剣を振るうが、オーガの棍棒を受け止めた瞬間、地面が陥没するほどの衝撃音が響いた。
そのまま押し返され、岩壁に叩きつけられる。
「嘘だろ……監督さんでも押されてる……」
「や、やばい、死ぬ……俺ら全員死ぬ……!」
生徒たちは武器を構えるどころか、恐怖で足がすくんで動けない。
その光景を見ながら、俺はなにもできずにいた。
(……でも、これじゃ絶対もたない。俺は何もできないのか?……)
結局、頼れるのは自分の拳しかなかった。
そのときだった。
巨体のオーガが、真っ直ぐに俺へと棍棒を振り下ろした。
避けきれず、頭から叩き潰される――そう思った。
ドガァァァァンッ!
衝撃で地面が裂け、砂埃が舞う。
だが、俺の体には痛みがなかった。
「……え?」
驚愕したのは俺だけではない。
クラスメイトも、監督冒険者も、誰もが息を呑んでいた。
俺は棍棒の直撃を食らっていた。それなのに――無傷。
恐怖に駆られ、無意識に拳を振るった。
拳がオーガの棍棒に直撃し、乾いた破砕音が響いた。
――次の瞬間、棍棒は粉々に砕け散る。
「な……っ!?」
その勢いのまま、俺の拳はオーガの巨体を捉えた。
凄まじい衝撃が走り、オーガの身体は岩壁まで吹き飛ばされて沈黙する。
その場がしんと静まり返った。
視界のコメントが一斉に流れ出す。
《なにこれ!?》
《人間かよ!?》
《バケモンじゃねーか!》
《こいつ、クラッシャーどころじゃねぇ……!》
配信の同接数が爆発的に跳ね上がり、通知音が鳴り止まない。
「……嘘だろ」
「なんだよ、今の……」
「人間の威力じゃねぇ……」
息を呑むクラス全員。
俺は拳を見つめ、唇を震わせながら小さく呟いた。
「……なんで俺だけ、こんな……」
仲間たちの目は、もうただの同級生を見るものではなかった。
恐れと驚愕、そして混乱が入り混じった視線。
(もう隠せない……バレてしまった……)
胸の奥に絶望と不安を抱えたまま、俺は拳を握りしめた。
――こうして、新宿ダンジョン下層でのサバイバルが幕を開けた。




