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そんな睡眠中に魔王を倒したことなど、気がついていない主人公は――
いつも通りの朝を迎えていた。
目覚まし時計のアラームに叩き起こされ、目をこすりながら布団を抜け出す。
伸びをして、洗面所で顔を洗い、制服に袖を通す。
どこにでもいる、ごく普通の中学三年生。
「……眠っ」
あくびをしながら登校すると、教室の空気はどこも「進路」の話題で持ちきりだった。
学校にて
「おーい悠真! 志望校どこにした?」
教室に入るなり、友人の佐伯が声をかけてきた。
明るくて前向き、将来は冒険者を目指しているやつだ。
「え? まぁ……地元の公立かな」
「またそれかよ! せっかく異能社会なんだぞ? もっと夢見ろって!」
佐伯は拳を握りしめて胸を張る。
「俺はな、首都の《鳳凰異能高》を受けるんだ! ランキング上位の探索者を何人も出してる超名門!」
「おお……すげーな」
本当にすごい。俺は心の底からそう思った。
そのとき、教壇近くで「パチッ」と火花の音がした。
振り返ると、炎系のクラスメイトが指先で火を弾ませている。
飛び散った火花がチョークを焦がし、クラスは笑いに包まれた。
「やめろ! 次やったら指導室送りだぞ!」
教師が眉をひそめて注意する。
……だが、そういう光景は珍しくもない。
異能があるのは当たり前で、むしろ「どんな能力を持っているか」が話題になる。
「いいよなぁ……俺も火とか雷とか欲しかったなぁ」
佐伯がため息をつき、俺も曖昧に笑う。
(俺の《身体能力上昇》なんて、Eランク。誰でも持ってる。
走るのがちょっと速いとか、力が少し強いとか。そんなの、特技って言えるかよ……)
放課後佐伯が声をかけてきた。
「なあ悠真、今日ギルド見学行かね?」
「ギルド?」
「そう! 冒険者ギルド! 見学は中学生でもOKなんだって。高校生から正式にライセンスが取れるから、予習みたいなもんだな」
他のクラスメイトも数人集まり、ぞろぞろとギルドへ向かう。
俺も流れでついていった。
地元のギルドは思っていたよりも賑やかだった。
壁にはダンジョンの地図や探索者たちのポスター。
中央には大きなモニターがあり、現在進行中のダンジョン探索が配信されている。
「すげぇ! やっぱ生で見ると迫力あるな!」
「ランキングトップ勢はスポンサーもついてるんだぜ。プロスポーツ選手みたいなもんだ」
友人たちは目を輝かせていた。
俺も「へぇ……」と相槌を打ちながら、配信画面に映る探索者の動きを見つめる。
(……高校生になったら、俺も小遣い稼ぎ程度に潜るのはアリかもな)
(でも結局、俺はEランク。華やかな世界とは縁がないんだろうな……)
そんなことを思いながら、賑わうギルドを後にした。
帰り道、佐伯が満面の笑みで言う。
「なあ、俺らも高校生になったら一緒に潜ろうぜ! 絶対楽しいって!」
「……うん」
曖昧に頷いた俺は、胸の奥に小さなざわめきを覚えながらも、心の中で呟く。
(どうせ俺は、Eランク。地元の高校で平凡に過ごすんだろうな)
――まさか、自分がすでに「世界最強クラス」に足を突っ込んでいるなど、夢にも思わずに。