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大ホールを出た俺たちは、班ごとに整列してゲートの前に立った。
ゆらめく光の膜の向こうに広がるのは、東京でも最大規模のダンジョン――新宿ダンジョン。
「最初の階層は演習用に整備されていて、複数校が同時に入れる」
そう説明を受けていた通り、ゲート前には各校の制服姿がずらりと並んでいた。
他校の生徒たちも端末を操作しながら配信を開始していて、すでに雰囲気から“配信者”のオーラを漂わせている。
「よっしゃ、配信回すぞ!」
「ランキング伸ばしてやる!」
クラスメイトたちが浮き足立つ中、俺はレンタル武器を握りしめ、喉の奥をゴクリと鳴らした。
(……いよいよか。東京ダンジョン……)
監督冒険者の合図で、俺たちは光のゲートをくぐった。
光を抜けた瞬間、思わず目を見張る。
広大な地下都市のような空間が広がり、天井は高く、奥は霞んで見えないほど広い。
ここは上層――それでも地元のダンジョンとは比べ物にならないスケールだった。
遠くの方では、他校の制服を着た生徒たちがモンスターと戦っているのが見える。
大きな剣を振るう者、炎を操る者。まるで訓練された部隊のように連携が取れていた。
「おい、見ろよ。あれ同じ一年だろ? 動き全然違うじゃん……」
「……俺ら、地味すぎね?」
クラスメイトがざわつき、自然と肩がすぼまる。
「聞いたか? 帝都探索学園の連中、もう中層に行ったらしいぞ」
「は? もう? やっぱ格が違うな……」
休憩中に聞こえてきた他校の会話に、胸の奥がざわつく。
ちらりと遠目に見えるのは、結界を展開しながら効率的に進んでいく一団。
その先頭に立つのは――天城凛。
(本物だ……)
配信で見たあの姿。今は遠くからだが、同じ空間にいるだけで空気が張り詰めるような存在感を放っていた。
視界に浮かぶコメントも賑やかだった。
《やっぱ別格だな》
《同じ一年とは思えん》
《上層スルーして中層とか草》
俺たちの配信はというと――
《地味すぎワロタ》
《もっと見せ場つくれ》
冷めたコメントがちらほら。差は歴然だった。
「来たぞ、ゴブリン!」
前方から四、五体のゴブリンが突っ込んできた。
クラスの前衛が押し込まれ、隊列が崩れる。
「誰か前出ろ!」
「やばい、止められねぇ!」
反射的に前に飛び出した俺は、剣を振りかざしゴブリンの棍棒を受け止めた。
――バキィィッ!
耳障りな音と共に、剣が砕け散った。
「ま、またかよ……!」
焦りながらも、咄嗟に拳を振るう。
拳がゴブリンの顎を捉えた瞬間、その巨体が宙を舞い、壁際に叩きつけられて沈んだ。
「……え?」
仲間の動きが止まる。
その視線を浴びながら、背筋に冷や汗が伝う。
配信コメントが一斉に流れた。
《素手のが強いクラッシャー》
《また壊したwww》
《武器意味なくね?》
(……誤魔化しようがない……!)
どうにか上層の戦闘を終え、安全エリアにたどり着いた。
息を整えるクラスメイトたち。だが俺に向けられる視線だけは、明らかに違っていた。
「……やっぱ相原、ちょっとおかしくないか」
囁き声が耳に残る。
冗談半分、でも確かな疑念が混じっていた。
俺は居心地の悪さに拳を握りしめ、天井の暗がりを見上げる。
(遠征はまだ始まったばかり……。これからどうなるんだ……)
胸の奥に渦巻く不安と緊張を抱えたまま、東京遠征の初日が進んでいくのだった。




