17
週末の早朝。
まだ眠気が残る体を叩き起こし、荷物を背負って家を出た。
胸の奥が妙にざわついている。
――今日から東京遠征が始まる。
校門にはすでにクラスメイトたちが集まっていた。
校庭には大きなチャーターバスが停まり、ガヤガヤとした声が響いている。
「見ろよ、この新しい剣! 親に無理言って買ってもらったんだ!」
「俺は鎧だな! 高かったけど、これで配信映え間違いなし!」
「絶対ランキング伸ばすぞ! うちの班でトップ狙える!」
誰もが装備を見せ合い、未来の栄光を語り合っている。
その輪の外で、俺はレンタル装備の袋を抱え、少しだけ肩をすぼめた。
(……みんな、キラキラしてるな。俺は……壊すだけの装備しか持ってないのに)
気まずさを抱えながらも、バスに乗り込む。車内は期待と興奮で満ちていた。
数時間後。
窓の外にそびえ立つ建物を見て、思わず息を呑んだ。
「でっけえ……」
そこは「日本探索者連盟・東京本部」。
近未来的なガラス張りの巨大建築。その敷地には複数のダンジョンゲートが並び、警備兵や冒険者たちが慌ただしく行き交っていた。
普段の地元ギルドなんて、まるで児童館に思える。
俺たち以外にも、全国から集まった学生がぞろぞろと到着していた。
パーティ単位で談笑しながら歩く者。端末で配信設定を確認する者。すでに場慣れした雰囲気を漂わせている。
「おい、あれって登録者一万人超えてるやつじゃね?」
「マジか……やべぇ」
聞き慣れない他校の名前が飛び交い、ただの学生とは思えないオーラを放っていた。
だが、その中でも群を抜いて注目を集める集団がいた。
――帝都探索学園。
統一された紺色の制服に身を包み、堂々と歩く姿は他の生徒とは明らかに格が違う。
自然と周囲の視線が集まり、道が開けていく。
誰もが「あれが、あの学園の生徒か」と一目で理解してしまう威圧感。
俺もその中のひとりに目を奪われた。
黒髪をきりりと結び、冷静な眼差しで周囲を見渡す少女。
――天城凛。
以前配信で見た、結界を展開してモンスターの群れを吹き飛ばした少女だった。
(……本物だ。あの映像の……)
周囲でも小さなざわめきが起こる。
「十支族の一人……マジで同い年かよ……」
「すげぇ……オーラが違う……」
遠くから見ただけで、彼女が特別な存在だと分かった。
胸の奥がざわつく。羨望か、不安か。自分でもよく分からなかった。
やがて、全校の参加者が大ホールに集められた。
壇上に立つのは黒服の屈強な冒険者。マイクを手に取り、場を見渡す。
「新人諸君。まず第一に、安全が最優先だ。無茶はするな」
その声は会場の奥まで響き渡り、騒いでいた生徒たちが一瞬で静まる。
「ただし、これはお前たちの“力試し”でもある。
各校ごとに行動してもらうが、事故の際は監督冒険者がサポートに入る。
必ず安全エリアを拠点にし、命を軽んじるな」
真剣な言葉に、背筋が自然と伸びた。
遠足や修学旅行の延長ではない。命を賭けた“実習”なのだと、改めて突きつけられる。
俺の胸に、緊張がどんどん膨らんでいく。
説明を終え、各校ごとに班分けと準備が始まった。
ホールを出ると、正面に巨大なゲートがそびえ立っている。
ゆらめく光の向こうに、東京ダンジョンの深淵が広がっていた。
俺はギルドカードを強く握りしめる。
(――東京ダンジョン。俺の力が、試される)
恐怖と期待を胸に、ついに東京遠征の幕が上がった。




