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ミランダの案内で第零班が歩くたび、
アルセリアの街の人々がざわざわと視線を向けてくる。
「見ろよ……あれ、連盟に連れられてる……」
「何やらかしたんだ?」
「わからん。なんか見たこと無いような服着てるし。」
囁きと視線が混じり合う。
黒瀬がため息をつく。
「……完全に“見世物”じゃねぇか」
「そりゃそうだろ。
俺たち、こっちの世界じゃ未登録・未確認の存在なんだから」
神谷が肩をすくめる。
白銀の螺旋柱が空へ伸びる、巨大な研究塔。
その入口には透明の魔導パネルが波紋のように揺れ、
出入りする人間を瞬時に識別している。
ミランダが振り返る。
「ここがARC。
異界情報、魔王領、転移、魔導反応……
この世界の“すべての境界”を扱う場所よ。」
「……ノヴァがいる場所、ってことか」
悠真の声は小さく震えた。
「そう。彼女は観測主任。
あなたたちの件で、すぐにでも研究セクションが動くはず。」
自動扉が開き、
ガラスと魔導回路の美しいホールが広がる。
白い小部屋に案内され、
悠真たちはテーブルを囲んで座らされた。
黒瀬が腕を組む。
「なぁ悠真……
あのミランダって女、どう見ても“お前だけ”ビビってたよな?」
「……まぁ、測定値のせいだろ。
こっちの世界の基準じゃ、俺は異常なんだ。」
神谷が苦笑いで肩をすくめる。
「お前、地球でも異常だったろ」
「それは言うな」
緊張が少しだけ和らぐ。
だが――
外では別の緊張が走っていた。
――同時刻
巨大なモニタールーム。
観測局の幹部たちが集まり、ホログラムに表示されたデータを見つめる。
【地球人4名:魔力量・生命反応・スキル反応 → 基準範囲】
【1名のみ:限界値を超過(桁外れ)】
【分析:魔王級反応の可能性】
軍顧問ハルドが拳を叩きつけた。
「魔王級の反応を示す存在が、
都市アルセリアに入ったのだぞ!
なぜ即刻拘束しない!!」
研究主任エルスが静かに眉をひそめる。
「拘束……?
あなたは自分が何を言っているか分かっているのか。
魔王級を刺激すれば、この都市が崩壊する。」
「しかし放置すれば──!」
「“ゼロ”は魔王を討った存在。
我々の文明にとっては、地雷にも味方にもなり得る。
不用意に触れてはならん。」
重苦しい空気が漂う。
そこへ、観測官が別のデータを提示した。
「こちら……数日前の迷宮観測データから抽出した音声です。」
再生される。
ノイズまじりの冷たい声。
――『対象ゼロとの観測を開始します』
会議室が凍りついた。
「……ゼロ。
ノヴァ・ヴェルナーが認識していた存在。
異界観測不能体……」
軍顧問が震える声で言う。
「“ゼロ”が……アルセリアに……?」
会議室がざわつく。
エルスはゆっくりと言った。
「まずはノヴァに事情を聞く必要がある。
まだ帰還していなかったはずだが……
彼女が戻れば、すべてが繋がるかもしれん。」
その瞬間。
ホール外から魔導通信が鳴る。
『ノヴァ・ヴェルナーが帰還しました。
……状況は、緊急事態とのことです』
会議室がざわめきに包まれた。
一方、事情聴取室で待機する悠真。
ふと、耳の奥でノイズが走った。
――『……相原悠真、聞こえる?』
「……ノヴァ……?」
誰もいないはずの室内。
しかし、確かに“声”がした。
この世界でも、
彼女は悠真を“ゼロ”として観測し続けていた。




