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洞窟の奥から差し込んだ光は、見慣れた太陽の色ではなかった。
薄く紅を帯び、どこか金属質な輝きを含んでいる。
出口の縁を越えた瞬間――
第零班は足を止めた。
一面の荒野。
乾いた風が砂塵を巻き上げ、地平線が揺らめく。
だがその乾いた景色の奥に──
巨大な都市の灯りが、ぼんやりと浮かんでいた。
高層建造物。
空に伸びる魔導灯の光柱。
都市を守る巨大な結界壁が、薄く青色に輝く。
黒瀬がぽつりと呟いた。
「……いや、普通に都会じゃねぇか。」
神谷も口を半開きにして見つめる。
「中世どこいった。
ファンタジーっていうか……魔導ハイテクじゃねぇか。」
研究員は震える声で端末を確認しながら答える。
「……魔導都市……?
文明レベルが地球とほぼ同等……いえ、一部は上回っている可能性があります……!」
悠真はしばらく言葉を失ったまま、遠くの都市の灯りを見つめていた。
胸の奥が、ざわりと揺れる。
(……懐かしいような……でも見たことない光。)
(なんなんだ……この感覚……)
そのとき――風の音が、不自然に変わった。
ピッ、と短い音。
次の瞬間、荒野の奥で複数の光点が跳ねる。
黒瀬が警戒して構える。
「来た……気配。速いぞ。」
神谷の腕が鋼へと変化していく。
「戦闘か?」
砂煙を上げながら、数十メートル先に影が現れた。
結界盾を構えた軍人風の集団。
魔導銃を携え、後衛には冒険者風の装備を整えた者たち。
隊列の先頭に立つ女性が、鋭く声を上げた。
「そこにいる者! 武器を下ろしなさい!!
その迷宮へ入った記録がない。あなた達はどこの所属?!」
夜気を切り裂くような凛とした声。
副隊長の肩章をつけた女性が前へ歩み出る。
銀髪を束ね、魔導盾を片手に。
瞳は研ぎ澄まれた刃のように冷静。
アルセリア警備軍・副隊長 ミランダ。
黒瀬がひそひそ声で呟く。
「やべぇ……初見であれかよ……。軍隊かよ。」
「申請って……まぁ、確かに地球でもそうだけどよ...」
神谷が苦く笑う。
ミランダは第零班を鋭く見渡し、息を呑んだ。
「……ステータスの光。
あなたたち、冒険者……なの?」
その言葉に黒瀬が反応した瞬間、
第零班全員の周囲に、すっと淡い光の枠が浮かび上がる。
ステータスウィンドウの残光。
「あなたたち、ステータスを見せなさい!」
「...ここは素直に従っておくか...」
そして——
ミランダの目が、悠真のウィンドウを見た瞬間、
完全に固まった。
魔導銃の先端が、わずかに震える。
「……この数値……ありえない……。
あなた……
まさか……魔王の眷属……?」。
黒瀬と神谷が慌て、一気に緊張が走る。
「おい!誤解だって!」
「俺たち敵じゃねぇよ!」
だがミランダは冷静だった。
鋭く手を上げ、部隊を制止する。
「……動くな。まず確認する。」
そのとき——
悠真の通信端末がかすかに震えた。
――凛からの通信だ。
『悠真!? 聞いて。異世界観測局のノヴァ……その名を出してみて。
何か反応があるはずだから!』
悠真は息をのみ、ミランダに向き直った。
「……ノヴァ。
ノヴァ・ヴェルナーを知ってるか?」
ミランダの瞳が大きく揺れた。
「……ノヴァ……観測局の……
“異界通信の魔女”のノヴァを……あなたが?」
空気が、変わる。
ミランダは魔導銃を下げ、深く息をついた。
「……いいわ。
あなたたち、都市アルセリアまで同行してもらう。
詳しい事情を、聞かせてもらうわ。」
魔導ライトがダンジョン出口を照らす。
――こうして、第零班はついに
異世界アルセリアへ足を踏み入れた。




