16
週の半ば。
ホームルームで担任が教卓に立つと、教室が自然と静まった。
ただならぬ空気を感じたのか、生徒たちの背筋もピンと伸びる。
「今週末――いよいよ東京遠征だ」
その言葉に、教室中が一斉にざわめいた。
「マジか、もう今週かよ!」
「やべえ、準備間に合うのか!?」
「新宿ダンジョンだろ!? 本物の中層、見られるのか!」
興奮の声があちこちから上がり、椅子が軋む音や机を叩く音で教室が騒がしくなる。
担任は手を上げて、ざわつきを抑えながら淡々と続けた。
「集合は金曜朝、学校からチャーターしたバスで東京へ向かうぞ。宿泊を伴う二泊三日。
班ごとに監督冒険者がつき、安全エリアを拠点に活動することになる。
ルールは簡単だ――無茶をするな。いいな?」
「「「はいっ!」」」
クラスの返事は妙に力がこもっていた。
「ランキング上げるチャンスだな!」
「俺らの配信、絶対伸ばすぞ!」
野心を隠さず口にするやつらの声が教室を包む。
浮き足立った空気の中で、俺は机に手を置き、小さく息をついた。
(Eランクになったばかりで……本当に大丈夫か、俺)
放課後、遠征に向かう生徒が地元のギルドに集められた。
会議室に並んだ椅子に座ると、職員がホワイトボードに資料を貼り出す。
「遠征に必要なものはリスト化されています。まずは必須アイテム。ポーションと通信端末は各自必ず持参。
それから、緊急帰還石。……ただしこれは高価で、使用制限もあります。下層からの帰還には保証がありません」
ざわめく生徒たち。
俺も思わず眉をひそめる。
(……つまり、保険があるようで、ないんだな)
「遠征中は監督冒険者が常駐します。安全エリアも複数あるので、無茶さえしなければ死ぬことはまずありません」
そう言われてようやく、生徒たちの表情が少し緩んだ。
説明が終わると、そのままギルド内のショップを覗く流れになった。
展示されているのは、有名ブランド武具や高級素材で作られた装備の数々。
「うおっ、見ろよ! これ、防刃繊維入りジャケットだって!」
「魔獣皮のブーツもある! やっべえ、カッコよ!」
値札には平然と数十万、百万円単位の数字が並ぶ。
財布を握りしめた同級生たちは「バイト代貯めといてよかった!」と盛り上がっていた。
俺はと言えば――
(……どうせ俺が使ったら壊すだけだしな)
値札を見ただけで背筋が冷え、購入は早々に諦めた。
結局レンタルで済ませることにする。
(遠征で素手の力がバレないように、立ち回らないと……)
「お前、またレンタルか?」
「壊すなよ、クラッシャー!」
冷やかし混じりの声に肩をすくめる。
配信コメント欄でもじわじわと《クラッシャー》なんてあだ名が増え始めていた。
同級生たちはパーティ単位で装備を揃えて笑い合っている。
その輪から外れ、一人でレンタル窓口に並ぶ俺。
背中に、なんとも言えない疎外感が重くのしかかった。
準備を終え、ギルドを出ると夜空が広がっていた。
街灯の隙間から見える星を見上げ、カードを握りしめる。
(遠征はすぐそこ。十支族も、全国から集まる連中も……。怖い。けど、俺も挑むしかない)
胸の奥に、弱々しいけれど確かな炎が宿るのを感じた。
俺はその灯火を抱えながら、家路へと歩き出した。




