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黒瀬の風が捉える空気に、微妙な“差”が出始めた。
黒瀬が眉をひそめる。
「……ん?なんか空気が変わってきたな。
湿度っていうか……軽くね?」
神谷が鼻を鳴らす。
「確かに……地球の湿気とちょっと違うな。
ほら、山の頂上に近づくと空気変わるだろ?
あれに近い。」
研究員は端末を凝視して目を見張った。
「酸素濃度……微妙に変化してます。
ダンジョン内部の人工空気と違う……
これは……外気の可能性が高いです!」
黒瀬の風がさらに奥を掠め──
温度差が返ってきた。
「来たわ。
——出口、近いぞ。」
その言葉に、
第零班の緊張が一気に高まる。
ダンジョンの終端に向かうにつれ、
視界の先に“白い光”が微かに揺れていた。
だが、その色が……
地球の白色光とは少し違う。
薄く金色をまとった、
“生きている光”のようだった。
悠真は立ち止まってその光を見つめる。
黒瀬が振り返る。
「悠真、大丈夫か?」
「……うん。ちょっとだけ、落ち着かないだけ。」
神谷が前方の光をじっと見据えた。
「出口……その先は、どんな世界なんだろうな。」
「……凛さん、聞こえるか?
この先、空気が一気に抜けてる。
出口だ。ほぼ間違いない。」
通信の向こうで、凛が息を呑む音がした。
『出口……!?
本当に……!?』
神谷が前方を指しながら答える。
「光が見える。
ただの白じゃねぇ……金色に近い。
地球の光とは違う。」
「外気反応確認しています。
危険性は今のところありません。」
黒瀬は苦笑しつつも、きっぱりと言った。
「軽々しくなんて行かねぇよ。
でもここまで来たら……見るしかねぇだろ。」
神谷も静かに頷く。
「この先に何があるのか、把握しなきゃならん。
レオンさんの件も……先へ進む理由になる。」
通信の向こうで、凛は一度深く息を吸った。
『……わかった。
現場の判断を優先する。
でもいい?絶対に、無理はしないこと。
未知の環境では、撤退が最優先。判断を誤らないで。』
ふと、凛の声が少しだけ静かになった。
『……悠真。聞こえる?』
「聞こえてるよ。」
『あなた……“行きたい”と思っているんでしょう?
なら私は止めない。
でも……』
ほんの一瞬だけ、
通信越しの彼女の声が震えた。
『必ず戻ってきて。
これは命令じゃなくて……お願い。』
神谷も黒瀬も、黙ってその言葉を聞いていた。
悠真は、金色の光の方へ視線を向けたまま答える。
「……あぁ。
戻るよ。必ず。」
凛は小さく息を吐き、指揮官としての声に戻る。
『……第零班。
前進を許可します。』
黒瀬が振り返って言う。
「行くぞ、みんな。」
神谷が鋼の拳を握りしめた。
「油断すんなよ。未知の領域だ。」
研究員は端末を抱え、必死に気を引き締める。
そして――
悠真は金色の光へ歩を踏み出した。




