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 夜明け前の新宿。

 空は深い藍色のまま静まり返り、

 街灯の光が薄い霧に溶けて漂っている。

 封鎖された新宿ダンジョン下層、門周辺では無数の観測装置が並び、

 赤・青・緑の計測ランプが脈動するように点滅していた。

 金属音、電源の立ち上がり音、

 低い無線のやり取り。

 張りつめた緊迫感――

 だがその奥には、

 世界がこの瞬間を“固唾をのんで見守っている”ような静けさがあった。


 特設テントの影から、黒瀬が大きく伸びをしながら姿を現した。

 迷彩仕様の軽装備に、ブレードを背負い、足取りは軽い。

 「おーっす。……眠い。

  けど異世界行く朝って思うとテンション上がるわ。」

 次に、スーツの一部を銀色に着色させ腕を軽く回しながら、神谷が歩いてくる。

 「こっちはバッチリだ。

  帰ってきたら焼肉行くって約束忘れんなよ、相原。」

 軽口に聞こえるが、

 声の奥には不安と興奮が混ざっていた。

 研究員たちは白衣の上から耐圧スーツを着込み、

 緊張でこわばった表情を浮かべている。

 機材を抱え、互いに最終チェックを繰り返していた。

 「……データリンク正常……

  座標スキャン、問題なし……」

 その中心に、悠真が静かに立っていた。

 特別仕様の黒い軽装防具。

 必要最低限の装備。

 無駄な装飾は一切ない。

 だが、その立ち姿には

 “覚悟”

 という言葉が自然と滲み出ていた。

 霧の向こうの光を見つめる瞳は、

 まるで何かを探すように揺れている。

 黒瀬が近寄ってくる。

 「おい相原、緊張してんのか?」

 神谷もにやりと笑う。

 「まあ、お前が前に立つと安心すんだけどよ。」

 悠真は小さく息を吸い、

 二人を見回すと穏やかに言った。

 「……大丈夫だよ。

  やるべきことは、決まってるから。」


 篠原の指示が一段落すると、

 凛はすっと前に出て、手にした黒い小型装置を掲げた。

 「――全員、これを確認して。」

 それは、金属質の楕円形をした端末。

 “座標ビーコン”と呼ばれる、唯一の命綱だった。

 凛は冷静な口調で説明する。

 「このビーコンは、門の向こうへ投げ込んだあとも通信反応が確認された装置よ。

  位置情報の精密なマッピングはできないけど……

  生存信号の送受信だけは可能。」

 研究員の一人が不安げに手を挙げる。

 「その……つまり、万が一の時に……?」

 凛は静かに頷いた。

 「ええ。戻るための“唯一の道標”になるわ。」

 風が吹き、ゲートの赤い光が揺れる。

 説明を終えると、凛はほんのわずかに息を吸い直し、

 悠真の方へ向き直った。

 指揮官の顔ではなく――

 仲間としての、凛の瞳だった。

 「……悠真。」

 彼は少し驚いたように目を向ける。

 凛はビーコンを握ったまま、

 一歩、彼に近づいた。

 「必ず……戻ってきて。」

 その言葉は、

 命令でも指揮でもなく――

 ただの、凛の“願い”だった。

 ほんの一瞬だけ、凛の声が震える。

 「これは命令じゃなくて……お願い。」

 悠真はその表情を見て

 静かに、確かに頷いた。

 「……わかった。

  戻ってくるよ、凛。」

 その瞬間、

 凛はまた指揮官の顔に戻り、

 一歩下がり、全員に向けて短く告げた。

 「通信チャンネル、オールクリア。

  第零班……準備完了!」



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