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数日後。
G.O.D本部には、各国支部から定期観測データが送られてきていた。
モニターに並ぶ報告は、どれも似たような数値で埋め尽くされている。
> 「門の安定率:変化なし」
――つまり、“門”はこの世界に定着したということだった。
あの日、新宿ダンジョンで門が出現し、
異世界のモンスターを討伐してからというもの――
各国の十支族が口を揃えて感じていた“違和感”が、
いまや“確信”へと変わりつつあった。
> 「モンスターを倒すたび、身体が軽くなる感覚がある」
> 「疲労の回復が異様に早い」
> 「異能の出力が上がっている」
篠原がデータを見つめ、静かに息を吐いた。
「……やはり、“異世界のモンスターを倒すと強くなる”という――
信じられない話が、現実になりつつある。」
彼の背後のモニターには、各国の実験報告映像が再生されていた。
十支族以外の研究員が、実験的に小型モンスターを討伐した際の記録。
討伐前後の身体測定データが並べられ、
筋出力・神経伝達速度・異能反応率、
すべての数値が明確に上昇していた。
篠原は腕を組み、低く唸る。
「……これは偶然ではない。
世界が、変わる。」
重厚な雲が垂れ込めるドイツ。
市街地の外れ――封鎖区域“雷門域”。
空気そのものが帯電しているように、肌がひりついた。
十支族の一人、アシュベル・フォン・アイゼンリヒトは、
息を整えながらゆっくりと前に進んだ。
彼の周りには淡い紫電が走り、門の付近にいるモンスターを見据える。
部下の兵士たちが緊張した声で報告する。
「異界反応、微増。小型個体、三。距離、二百。」
「よし、通常通りに殲滅する。手加減はするな。」
号令と同時に、雷鳴が地を裂いた。
アシュベルの掌から放たれた稲妻が、
前方のモンスターを一瞬で貫く。
焦げた臭い。
そして、いつもと違う、いや、これからはこれが普通となる感覚。
――身体が軽い。
モンスターが消えた瞬間、
まるで体内を走る雷が“整流”されたような感覚が走る。
心拍数が安定し、視界が澄む。
「……慣れないな。」
アシュベルは低く呟いた。
計測班が駆け寄る。
「閣下、魔力出力が上昇しています!
……平均値の一一三パーセント!」
「もう、これは思い違いではないんだろうな。」
アシュベルは眉をひそめ、指先から再び雷を放つ。
稲妻は先ほどより鋭く、音も深かった。
「……“倒せば強くなる”ってやつか。」
篠原が資料を手に、深く息を吐いた。
「――門から出てくる異世界のモンスターを倒すと強化される。
これはもう、確定事項だな。」
隣に立つ凛が、信じられないというように眉を寄せる。
「……モンスターを倒せば、本当に人間が強くなる?」
篠原は短く頷いた。
「少なくとも、今の人類は“成長する法則”の中にいる。
それを拒める者は、もういないだろう。」
凛は無言で窓の外を見つめた。
外では、遠くにそびえる新宿ゲートが淡く光を放っている。
「……世界が変わる。
こんなこと、公表したら暴動が起きるわ……。」
篠原は苦笑のような表情で腕を組んだ。
「あぁ。
誰だって求めるだろう、“力”を。
そして、門の向こうへ渡ろうとする者も必ず出てくる。
本当に――頭の痛い話だ。」
電子音が静かに鳴り響く中、
二人はしばらく黙ったまま、
世界が変わり始めた現実をただ見つめていた。




