156
夜が明けていた。
新宿ダンジョンの入り口には、朝靄が立ちこめている。
警備班が慌ただしく行き来し、通信が飛び交っていた。
「……新宿ダンジョン警備班より通達。相原悠真が、ソロでダンジョンに潜り未帰還です!」
その報告を聞いた凛は、わずかに息を止めた。
「……なんで!」
篠原の指示で、即座に救助班が編成される。
魔力測定器を携えた隊員たちが、薄暗い通路を慎重に進む。
ダンジョン内。
救助班のライトが、湿った岩壁を照らした。
その先――倒れている人影。
「……発見! 生体反応あり!」
駆け寄った隊員が確認する。
呼吸は安定している。だが、体温が異常に高い。
「熱が……まるで炎の中にいるみたいだ。」
そこへ、遅れて到着した凛が現れる。
光の中に映った悠真の顔を見た瞬間、彼女は息を呑んだ。
「これは……一体……」
髪の毛が、銀に近い白へと変わっていた。
夜明けの光を受けて、淡く輝くその色は、
まるで光を宿したようだった。
凛が膝をつき、そっとその肩に触れる。
指先から熱が伝わってきた。
「……生きてる。でも、この温度……」
「とにかく運ぶぞ!」
隊員の声で現場が動き出す。
担架が運び込まれ、悠真の身体が慎重に持ち上げられた。
「……あなた、何が...」
救助隊が出口へと向かう。
ゲートを抜け、朝の光が射し込む。
その瞬間――悠真の髪の光がふっと弱まった。
炎の残滓のように、ゆらめきながら色が戻っていく。
凛がその変化を見つめ、静かに呟く。
「……ダンジョン……門から離れたら、解けていく……?」
隊員のひとりがモニターを覗き込む。
「体温、下がってます! 熱も安定しました!」
通信機から篠原の声が響く。
> 『一体何があったんだ……やはり門に近づくのは危険なのか……?』
凛は短く答える。
「…わかりません...ですが、今後の調査はもっと慎重にならなければいけませんね...
悠真が目を覚まし、事情を聞くまでは立ち入りを禁止しましょう。」
> 『そうだな...各国にもすぐ通達をする。』
通信が途切れたあとも、
凛はしばらくその場を動けなかった。
朝の光に照らされた悠真の横顔は、
どこか“人ならざる穏やかさ”を帯びていた。
帝都探索学園・中央医療区画。
夜が明けても、そこだけは時間が止まったように静かだった。
白い壁に反射する光が、冷たく床を照らしている。
モニターに映る脈波は安定。
体温も正常値。
機械の電子音だけが、規則正しく部屋の空気を刻んでいた。
ベッドの上、悠真は静かに眠っていた。
顔色は穏やかで、まるで何事もなかったかのようだった。
凛はその傍らに座り、夜通しその顔を見つめていた。
目の下には疲れの影が滲んでいる。
だが、視線は一瞬も逸れなかった。
篠原が医療主任と小声で話している。
「……信じられん。あの体温から、後遺症ゼロだと?」
医師はタブレットを操作しながら答えた。
「ええ。不思議なことですが、なんの異常も見つかりません。ダンジョン、もしくは門に近づくと再発する可能性もまだあります。が、今のところは問題ないかと。」
篠原は腕を組み、低く唸る。
「……どうなっているんだ...ただ、しばらくはダンジョン調査からは外すことにする。」
凛が小さく息を吐いた。
「……戻ってきた。それだけで、今は十分です。」
彼女の声は震えていたが、
その目は確かに“生きている悠真”を見ていた。




