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 ダンジョンの内部は、以前よりも静まり返っていた。

 かつて耳にした魔物の唸りも、滴り落ちる水音もない。

 ただ、魔石の淡い光だけが壁を照らし、薄く靄が漂っている。

 (……こんなに静かだったか?モンスターも少なく感じる...)

 足音が響くたび、空気が微かに震えた。

 以前よりも、空気の圧が重く感じる。

 肺に入るたび、何か熱いものが混じっているようだった。

 「……はぁ……」

 息を吐くと、胸の奥がざらつく。

 少し頭が重い。視界が、わずかに歪んで見えた。

 (体調、悪いのか……?)

 歩くたびに、鼓動が耳の奥で強く鳴った。

 指先がわずかに震え、握った拳に力が入りきらない。

 その震えは恐怖でも緊張でもなく、

 何か、身体の奥で何かが変化しているような感覚だった。

 壁際の魔石の光が、悠真の髪をかすめる。

 光を反射した部分だけ、わずかに白く染まって見えた。

 本人は気づいていない。

 けれどその変化は、確かに始まっていた。


 足元の岩盤が、かすかに揺れた。

 風が止まり、空気が張りつめる。

 その瞬間――世界がひとつ、軋んだような音がした。

 「……?」

 悠真の耳の奥に、ノイズが走る。

 誰かが、無理やり“この世界”の膜をこじ開けているような感覚。

 > 『――対象ゼロ、観測再開。干渉率上昇。』

 低く、機械のような声。

 だがその響きには、どこか生の温度があった。

 悠真は振り向き、辺りを見回す。

 「……またお前か。」

 少しの沈黙。

 やがて、柔らかな声が闇の中から響いた。

 > 『ふふ。あなた、体調が悪そうね。

  でも、すぐ収まるわ。』

 悠真は眉をひそめる。

 「どういう意味だ。」

 > 『“ゼロシンク”が始まったのよ。』

 その言葉が落ちた瞬間、

 悠真の心臓が一拍、強く跳ねた。

 「ゼロシンク……? なんだそれは。」

 間を置かずに言葉が続く。

 「レオンは……レオンは生きてるのか?」

 > 『レオン? こちらの世界に渡ってきた“炎の能力者”のこと?』

 ノヴァの声が少しだけ明るくなる。

 > 『彼ならちゃんと生きているわ。

   ただ――まだ、戻る気はないようだけれど。』

 悠真は息を呑む。

 目の奥で、炎の残像がちらついた。

 「生きてる……? 本当に……?」

 > 『ええ。もっとも、あなたと同じ。

   “理”の外にいる存在として、ね。』

空気が、急に重くなった。

 「……な、んだ……?」

 悠真の身体に、得体の知れない熱が走る。

 視界がぼやけ、体が重くなり膝をつく。

 > 『……ゼロシンク、進行中――観測制御を――』

 ノヴァの声が、どこか遠くで響いた。

 だが言葉の途中で、音がひび割れるように途切れた。

 「ノヴァ……! おい、何が……!」

 返事はなかった。

 ただ、低い共鳴音だけが周囲に満ちていた。

 全身が熱い。

 呼吸をするたびに肺が焼ける。

 体内の何かが、無理やり動かされている感覚。

 悠真はその場に跪いた。

 膝が床に触れた瞬間、岩盤がわずかにひび割れる。

 「……なんだ、これ……身体が……勝手に……」

 視界が歪む。

 光が伸び、色が溶けていく。

 頭の奥で何かが弾ける音がした。

 全身を覆う熱が、次第に遠のいていく。

 冷たさと暗闇がゆっくりと入り込み、意識が沈んでいった。



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