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帝都探索学園・G.O.D本部。
深夜の研究棟は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
照明は最低限、ホログラムスクリーンだけが青白く空間を照らしている。
機器の駆動音とキーボードの打鍵音だけが響いていた。
凛と篠原は並んで座り、今日の観測データを整理していた。
新宿ダンジョンの波形、魔素濃度の推移、モンスター出現ログ。
どれも静かで、安定していた。
――そのときだった。
通信室の扉が乱暴に開かれ、若いオペレーターが駆け込んできた。
息を切らしながら、手に持った端末を掲げる。
「G.O.Dアメリカ支部から緊急報告です!」
凛が即座に立ち上がる。
篠原が椅子を回転させ、画面を覗き込んだ。
端末のモニターに、英文のレポートタイトルが浮かび上がる。
【Subject: Leon Grendel / Status: Unknown / Transition Confirmed】
篠原の表情が険しくなる。
「……転移、だと?」
オペレーターが小さく頷き、震える声で続けた。
「はい。現地時間で二十三時二十二分、
“炎の門”の前で観測班がから一人、門へと近づきそのまま...
観測班によると、その……レオン・グレンデルは、”呼んでる”と。」
凛の喉が、小さく鳴った。
「……門の、向こうへ?」
室内の空気が一気に冷えたように感じた。
篠原は端末を受け取り、手早くデータを解析し始める。
スクリーンの中央に赤い波形が映し出された。
凛が小さく息を飲んだ。
「……彼は、異界の中に……?」
篠原が無言で頷く。
研究室の照明が一段落ち、モニターが自動で切り替わる。
アメリカ支部から送信された通信記録――音声と映像データが再生された。
ノイズ混じりの通信音、爆音のような炎のうねり。
その奥から、誰かの叫び声が断片的に聞こえる。
『――グレンデル卿、これ以上は危険です!!』
『……グレンデル卿が……門の中に……! 止められません――!』
凛が思わず一歩前へ出た。
映像のフレームに、赤い光がちらつく。
炎の渦の中心で、レオン・グレンデルがゆっくりと門の中へ消えていく姿。
次の瞬間、映像は真っ白に弾け、通信が途絶えた。
沈黙。
モニターには「Signal Lost」の赤文字だけが点滅していた。
凛の唇が微かに震える。
「……門の“内側”に入った? 本気で?」
篠原が椅子を蹴るように立ち上がり、机に手を叩きつけた。
「人間が門を越えたのは初めてだ……!
だが、まだ安全性も確保できていない!
帰ってこれるかも不明なんだぞ!」
研究室全体が静まり返る。
蛍光灯の明かりが冷たく、空気の重さだけが肌にまとわりついた。
凛は黙って映像の静止画を見つめる。
赤く染まった炎の中――最後に見えたレオンの横顔は、
どこか満足げに笑っていたように見えた。




