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帝都探索学園の地下にある、G.O.D本部・研究棟。
無数のホログラムスクリーンが宙に浮かび、門の活動データが流れている。
青白い光の中、篠原教授がモニター越しに眼鏡を押し上げた。
凛は静かに端末を差し出す。
「新宿ダンジョンの観測データです。
門周辺の魔力波、モンスター出現記録をすべて同期しました。」
篠原がデータを受け取り、数値を確認する。
「……門は依然として活動中。
モンスターも強い個体はいないが、異世界からこちらへ侵入してきている――ということだな?」
「……はい。」
凛が短く答える。
「戦闘は小規模で済んでいます。
ただ、門の“表層構造”が前回よりも安定しているようです。
消滅の兆候はありません。」
篠原が少し眉を寄せた。
「……安定、か。つまり長期化の可能性が高い。」
モニターの一つに、世界地図が投影される。
十の光点がそれぞれ点滅していた。
「他国の門の様子は?」
「我々日本の門と、あまり変わらない状態だそうだ。
活動値は低いが、どれも完全に閉じてはいない。」
「そう、ですか。」
凛の声が少しだけ沈む。
「強い個体が発見されていないことが、まだ救いですね。」
篠原は頷き、資料を閉じた。
「後は……相原の様子か。
調査中に少し体調が悪そうだったと聞いたが。」
凛が一瞬、視線を落とす。
「はい。本人は問題ないと言っていました。
ただ――少し、反応が鈍かったような気がして。」
(悠真の顔が脳裏に浮かぶ。)
篠原が少し考え込むように腕を組んだ。
「ふむ……。
こちらの世界の物が門を越えて異世界へ行っても、
問題はないという報告もある。
だが――人間となると話は別だ。」
静かな沈黙。
機械の音だけが、規則正しく響いていた。
「……慎重にならざるを得ないな。」
篠原の言葉が、冷たい蛍光灯の光の中に消えていった。
アメリカ・ネバダ州。
砂漠の真ん中に穿たれた巨大なダンジョンの底に、それはあった。
――レオンにちなみ炎の門と呼ばれたそれは。
赤黒い光が絶え間なく噴き上がり、夜空を真昼のように照らす。
地面の温度は50度を超え、マグマのような熱波が砂を溶かしていた。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
十支族の一人、炎の血統――レオン・グレンデル。
防護結界を張る研究班は、安全距離を取りながら彼の背中を見つめていた。
赤い熱線が周囲を歪ませ、視界の端で空気そのものが燃えている。
それでも、レオンは前を見据えたまま動かない。
門の奥から――確かに、誰かの声が聞こえていた。
「グレンデル卿、これ以上は危険です!
観測領域を超えています!」
背後から研究員の叫びが飛ぶ。
機器が次々とエラーを吐き出し、警報音が鳴り響いた。
レオンは振り返らない。
ゆっくりと片手を上げ、掌で炎を転がすようにして笑った。
「ああ、分かってるさ。……だが――聞こえるんだ。
“呼んでる”んだよ、向こうが。」
空気が悲鳴を上げるように歪む。
温度計の針が振り切れ、通信波がノイズを吐き出す。
レオンの体表から、灼熱の炎が溢れ出した。
皮膚が金属のように光り、瞳が紅蓮に染まる。
「この門の向こうに、力がある。
俺が……ずっと求めていた“炎の理”が。」
炎が風を裂き、周囲の砂を融かしていく。
研究員たちの声はもう、熱気にかき消されていた。
そして――。
レオンは一歩、前へ出た。
防護結界の警告灯が真っ赤に点滅する。
彼の足が“炎の門”の光に触れた瞬間、空気が爆ぜた。
世界が裏返る。
光が闇を貫き、熱が凍りつく。
遠くの誰かが叫んでいたが、もう耳には届かない。
レオン・グレンデルは、炎の中へと消えていった。




