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四人の足音が、湿った岩壁に吸い込まれていく。
壁面の魔石は弱々しく光り、天井から垂れる水滴が一定のリズムで落ちていた。
あまりにも静かだった。
黒瀬が前衛を進む。
片手を前に出し、風の流れを読むように意識を集中させる。
「……風の乱れ、なし。魔力の渦も感じねぇ。」
後方では神谷が両腕を鋼に変え、通路の側面に手を触れる。
「岩盤も安定してる。何か仕掛けがあるなら、かなり深い層だな。」
凛は結界を張りながら、視界に映る波動データを確認した。
「……やっぱり、門が出現した下層までは特に変わりがないわね。」
黒瀬が軽く肩をすくめる。
「そうだな。異常個体も見かけないし、いつも通りのダンジョンって感じだ。」
「……問題はこの先ね。」
凛の声が、静かに通路に反響する。
奥へ続く階段の先――そこに流れる空気が、微かに重くなった気がした。
通路の先――空間がわずかに明るくなった。
そこが、以前門が出現したエリア。
焦げた床と、崩れた岩壁。
過去の戦闘の痕跡がそのまま残っている。
ただ、中央に浮かぶ黒い楕円形の光だけが、
今もなお、淡く脈を打っていた。
神谷が一歩前に出る。
両腕を鋼化し、体表に金属の膜が走る。
「……反応あり。微量だが、魔素の濃度が上がってる。」
凛が手元の端末を確認し、短く頷いた。
「魔力値、安定……でも、波形が周期的に揺れてるわね。」
悠真がふと、前へ踏み出した。
その瞬間――空気が止まった。
風も、音も、呼吸さえも消えたような錯覚。
視界の端で光が揺らぎ、世界が一瞬だけ“静止”した。
「……今、何かが――?」
凛の声が届く頃には、空間の歪みはすでに消えていた。
悠真は眉をひそめ、耳を押さえる。
「あぁ……なんか、変な感じがした。」
自分でも言葉にできない違和感。
だが、それを口に出す気にはなれなかった。
門の周囲では、依然として小型のモンスターが断続的に出現していた。
黒瀬が風刃を飛ばし、通路の奥へと吹き飛ばす。
神谷がその背を守るように前に立ち、凛が結界を展開。
「門の出力、上昇なし。出現数も一定ね。」
凛が短く報告し、悠真が頷く。
しばらくの間、四人は連携して戦闘と観測を続けた。
出てくる魔物は脆く、どれも長くは持たなかった。
試しに神谷が近くの瓦礫を拾い、門の内部へ投げ入れる。
黒い光の表面で弾かれるように消え、やがて何も起きなかった。
「……特に反応はなし。」
凛が首を振る。
「内部干渉は禁止されてるし、これ以上は危険ね。」
悠真も短く息を吐いた。
「……なら、一旦撤退しよう。」
全員が同意し、門の光を背に歩き出す。




